2013年8月24日土曜日

顔本「つながりやまい」 2011/07/02 am01:56

第 0 章
つながりやまい

今の時代、たいがいの事は狭い範囲のネットワークで繋がっていて、何かを調べようとするとなんでも調べがついてしまう。

「つながりやまい」というやつだ。

彼はそういったたぐいの一切から手を切ろうとノートパソコンやあらゆる繋がりにまつわる端末というものをゴミ箱に投げ入れ、紙と鉛筆の暮らしに戻ろうとしていた。
少なくとも、その一年前の夢を思い出すまでは。
その夢はあまりにも鮮明にイメージを結んでいたために彼は眼を覚ましてすぐ傍らのノートにそのイメージを描き止めなければならないと思いそうしたのだ。
そしてたまたまそのノートが一年後にそのページを開いたのだ。
そこに記された簡単なメモとイメージの落書きはアニメのネームのような映像的なものだった。


ズームインしてゆくその光景が顔のアップになったとたんアニメのネームの、綾波レイの、ラフコンテの、ざらついた紙に走らせたダーマトグラフで描かれた線描きになり、もっともっと近づいてゆくその目と鼻から黒いドロリとした血のような物を流しだすその光景に、思わず「大丈夫か!」叫んで眼を覚ました朝のことを。
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「つながりやまい」は凡庸な人びとからも確実に一つの感情を消し去ってしまう病気なのだ。その流行は人間の類から「○○」というものを完全に消し去ってしまった。あるいは脳松果体の奥の襞にしまいこまれてしまった。
国境や宗教を越境しあらゆる地域で同時に流行したこの病は我耳、尾様、石場、穐本、生まれる場所が同じ小さな町内なら彼等と物理的に同級生だったかも知れぬ顔にまつわるニュース、彼にとってどれも直接日常生活に支障をきたすことのない関係ないニュースを伝染させていた。
経済犯で当局に拘束された我耳、特殊部隊によって十五分で処理された尾様、鉄道オタクの石場、マーケッティングをしないで流行りを仕組むと豪語する穐本。いずれも彼と同年齢であるということだけが彼にとってのつながりやまいであった。

「あなたは何に対して嫉妬しているの」
彼女は不思議そうな顔で私の顔を覗き込んでこう言った。

「若さというその一点」
「あるいは、自分が体験していないおまえとの20年間という時に対して」

「それがどうだ、この顔本のせいでそんな刹那さという20世紀の感情さえもすっかりと消し去られてしまったのだ。」

「そんなことはないわ」
自信に満ち溢れた口調できっぱりと発せられる言葉。

「一体何が失われたというの。」

「何よりもゴトーを待つという行為と、その時の感情。」
そして
「すぐに、いつも現在に繋がってしまういらだち!」

「まったくあきれた病気ね、あなたは」
「昔からそうだったけど。私、ここで失礼するわ。とにかく今晩0時からの受注準備で忙しいの。」

そう言うと彼女は席を立ち、カランカランという扉の閉まる音を残してカフェを出て行った。