その日の彼は、午前中に郵便局まで歩くのも一苦労の苦しさだった。
気温の高さと湿度のせいか?
とにかく休み休み少しづつしか歩けなかった。
上本町駅でタクシーを降りるが下ろされたところが良くないため、荷物をもって坂を上らねばならず、健康な人であれば苦の無い行動も、彼の身には大変な行動だ。
気温のせいか、労作のせいか、荷物をもって駅のある地下降り口まで向かう前に激しい呼吸困難。急いで動くことができず、休みながらゆっくりゆっくり発作がこれ以上ひどくならないようにだましだましの行動。しかし遅れると名古屋駅の帰宅ラッシュにぶつかるため、何とかこの時間の便に乗りたい。そんな心理状況の彼に平常の血流は戻らなかった。ゆっくりの移動だから電車の時間が迫ってくるためさらに焦る。
息絶え絶えに窓口で特急券を買ってプラットフォームに向かうが、急がなければならないというプレッシャーがさらに呼吸困難の発作を誘発し、プラットフォームに着いた時には大声を上げて激しく過呼吸を和らげるための叫びを発した。
どうしてよいかわからず叫び続けるしかないが、良かったことは周りの人が無関心?だったためか、救急車を呼ぶとか、駅員を呼ぶとかの大騒ぎにならなかったことだ。酔っぱらいの爺さんがなんか叫んでると勘違いされていたかもしれぬ。しかしむしろそれは好都合だった。かろうじて一人の男性が私を抱えてベンチに座らせ人を呼ぼうとしてくれたが、そんなことになったら名古屋にいつ戻れるかわかったもんじゃない。今の彼にとって、この時間の特急に乗ることだけが唯一の望みなのだった。とにかく特急に乗ってしまえば何とかなる。彼がここ数年付き合ってきた身体の症状によって、彼はそのことを確信していた。
そうこうしていると名古屋行きの特急がホームに到着した。
「とにかくこれに乗らなければならないので!」と、その男性の親切な気遣いを振り切って、何とか火の鳥の車中に滑り込んだ。
ロッカー前のベンチに身を任せ、何とか間に合って乗車できたという安心感からか、呼吸が整い落ち着いてきた。タクシーを降りてから乗車するまでの約30分。のたうち回った一時の死にそうな苦痛が嘘のように、平常に戻るのである。
しかし彼にとってこの空間に戻ってきたことは何より安らげる場所であるという不思議。