2011年4月28日木曜日

三次元

「こどもはいつから3次元のものを平面(2次元)におきかえることができるだろう?
ひとは、いつから3次元のものを認識し2次元の平面におきかえることができるだろう?」



5歳の子どもがあるとき上手に魚の絵を描いた。
それは図鑑を見て描き写した絵だった。細かい模様までよく描き込まれた絵だった。そこで私は次の日に子どもと絵を描こうと一個の鉢植えを子どもの前においた。

「きょうはこのうえきばちにうわっているはなのえをかこう」

わたしのよびかけに、こどもは

「そんなのかけっこないじゃん。だって、こう、かみのうえにあるものはかけないじゃん。だってこうえんぴつでかこうとしてもなにもかくところがないくうちゅうにかけっこないじゃん。」

と子どもは植木鉢が描く紙に対して垂直に置かれていることを身ぶりをまじえてわたしにうったえた。私はハッとした。

It is impossible to draw this flower !  Well, because I cannot draw a picture on the air !!

畳や机のうえという平面に置かれた2次元の紙。そしてその上に置かれた植木鉢。紙の上の空間にのひろがっている植木鉢は、かれにとって、空中に鉛筆を走らせて描くということだ。


わたしたちはいつごろから、みのまわりの3次元の空間を2次元の平面に置き換えてえをかくことができるようになったのだろう。
そして、人々はなぜ、みのまわりの3次元空間を写真のようにそっくりに描かれた絵を上手な絵というのだろう。

そんなふうに考えながら、あらためて子どもが描きためた絵をみると、いくつかの種類にわけられる。
一つは2次元のイメージを2次元の紙に描きうつした絵。テレビや本で見るキャラクターの絵などが多い。
二つ目は記憶をもとに頭の中で記号化した絵。これは、母親や父親など人の形をしたものが多いようだ。
そして、三つ目は、自分がこの世界の中で初めて出会った不思議なことや興味をひかれたことを他者に伝えようとして描かれた絵だ。これはことばのようなメディア性をもっている。人に伝えたいというおもいが絵となったものだ。
こう見てくるとなるほど3次元の空間を写生したものは見あたらない。




図2) 概念画としての機関車トーマスの再現



ある日、また息子が描いた奇妙な絵を発見した。
この、ホワイトボードにマジックで描かれた不思議な絵はなんだろうと子どもにたずねたところ、機関車トーマスの絵だという。
線路の上にのっている機関車を描こうとして彼は苦労したらしい。


「だって、せんろがこうにほんあって、そのうえにトーマスがせんろにのっているんだけど、せんろはにほんあって、そのせんろのいっぽんにもしゃりんがのっていて、もういっぽんにもしゃりんがのっているんだからいっぽんのせんろにしゃりんをかいて、もういっぽんのせんろにもしゃりんをかいたらトーマスがふたつになっちゃうんだ。」



なるほど道理である。と、へんに納得する私であった。 

そしてできあがった絵は西洋美術史的観点に立てば、いくつかの視点を同一平面
上に描くというキュービズムのような作品に仕上がったのである。        
  
<0810/2002> Recalled from broken i-book


---追記
以下、制作手順を再現。


図3) はじめにホワイトボードに線路が描かれる。線路は上から見た記号として表されている。息子はプラレールのトーマスで遊んでいて、朝のテレビで見ていた機関車トーマスも見ていたから「せんろ」という記号化されたイメージから概念としての「せんろ」を認知していただろう。

図4) 線路の上に車輪が三つ描かれる。線路が上から見た図であるのに対し、車輪は横から見た図象で表されている。プラレールなどで遊んでいたことから、線路に車輪をのせる、線路から車輪がはずれると「だっせん」する、ということを「しゃりん」という言葉とともに息子は認知しているらしい。

図5) 車輪の上に機関車の輪郭のような図象が描かれる。上から見た線路、横から見た機関車、ここまでの図象は多くの児童画によく見受けられるイメージである。

図6) もう一本の線路に接するように車輪が描かれるが、車輪は横から見た図でありながら、線路の上から見た図に対応させようと上から見た線路の中心から対称になるように線路の外側に描かれている。この後、機関車の輪郭がすでに描かれてている輪郭の鏡像のように外側に開いたように描かれ(図2)線路の上のトーマスは二つになる。



-----------追記171119: 空中や水中に絵を描くことは、フェムト秒レーザーによって可能になることが報告されている。現時点では大掛かりな装置が必要で、日常的に使用できるデバイスが登場するにはかなり時間が必要であるが、そういったデバイスが登場すれば冒頭のイラストにある問題は別次元にアップグレードされるだろう。