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2024年9月8日日曜日

車窓と視覚、鉄道と映像





「車窓と視覚, 鉄道と映像」という論文を以前も書き始めたんですけれど、この論文はまだはっきりとまとまっていない状態なんです。しかし、まとまってなくても思いついた時にメモらなければまた脳みその奥まったところに入り込んで行方不明になってしまうものですから絶えづ引きずり出して反芻するのです。
こんな状況の中で昨日「美術評論+」というメール便で 秋丸知貴さんという批評家の人が「セザンヌと鉄道」の論文を三部作で3回に分けて英文でアップされていて、それをざっと 読みました。車窓と視覚 の問題を セザンヌの有名なサント・ヴィクトワール山の風景画を 描いた現場を訪れて分析されているような論文です。秋丸さん自身が撮影された現地の写真や動画がいくつか 参照されています。それが現代の風景とセザンヌが描いた風景画との比較の中で示されていて、車窓のイメージが結構大きい ような感じもあったり、鉄道ができたことによって得られた視覚であるということに導かれてます。



●秋丸知貴氏の論文サイト(英文)------------
Cézanne and the Railway (1): A Transformation of Visual Perception in the 19th Century
セザンヌと鉄道(1):19世紀における視覚の変容

Cézanne and the Railway (2): The Earliest Railway Painting Among the French Impressionists
セザンヌと鉄道(2):フランス印象派の最初期の鉄道画

Cézanne and the Railway (3): His Railway Subjects in Aix-en-Provence
セザンヌと鉄道(3):エクスアンプロヴァンスにおける鉄道の題材
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論文と試作品 (prototype)
作品「エレクトリック・ハート・マザー」(Electric Hart Mother)について


 さて、私が車窓の視覚に興味持ったのは名古屋から大阪の実家にいつも使用する近鉄電車の車窓から見た風景で考えたことでした。ある日たまたま乗った車両の喫煙席がかなり豪華な個室が作られていまして そこの部屋が大きな車窓になっていてすごく映像体験装置的な空間であったということに驚いて、その時の体験を論文のようなメモとして書いたわけです。(注01)

鉄道と映像っていうのは以前から関心がありました。92~93年に作った作品の「エレクトリック・ハート・マザー」という大きな構造物があるんですけども これは 観客が作品を見る 正面に立てば、その観客自身が2台のビデオカメラで写されて写した映像がライブで2台のブラウン管テレビに表示され、それが見てる人の正面のに取り付けられたハープ ミラーに映る。でそのハーフミラーの内側っていうか奥というのが ダイオラマ 実際に奥行きを持ったダイオラマとして作られている風景の中に合成されるという感じなんです。2台のビデオカメラと2台のテレビブラウン チューブってのは それぞれ動いてまして、カメラは左右にパンしています。テレビのブラウン管は上下に動いてる。その機械的な仕組み、構造自体がをSL の車輪とロットを模したような仕掛けにして見せています。
イメージとしてはこうなんですけど、映像装置的に視点で見ればライブカメラによるビデオインスタレーションであるわけです。


  作品の下の部分はそういった機械的な仕組みを見せているっていうことなんですけども、上の部分っていうのはイメージの世界として作っています。窓のような部分 開口部みたいな部分から見た奥は先ほど説明しましたように風景のダイオラマになっています。廃墟のような感じで一部 原爆ドームのレンガ壁を模倣しながら現実の風景の再現ではない様子も加えながら、風景を創ろうとしたのです。その風景の中には 実際 水が流れる川のようなものが作られてます。その川は正面から見た時にははっきりとは水の流れは見えないんですけども 水が流れてる音はしているのと光源によってキラキラしてるので水の流れの気配は感じれるようになっています。流れる水は下の水槽にチューブでつながって水を溜めながら またポンプで上に循環しているという構造になってます。
 この上部には形が与えられていて、まあ言ってみれば風景(ダイオラマ)を覆うようにパッケージとして外観もデザインしているわけです。その形というのが子宮とそれを囲む骨盤のイメージで作られています。まあこの唐突な形状が上から見なければ形状の全体像が分からないということで、そのことがより一層この作品のわかりにくさを露呈しています。

 このように外観の説明だけでも、作品「エレクトリック・ハート・マザー」(Electric Hart Mother 以後EHMと表示)は様々な切り口で作品を成立させようとした結果、要素が多くて何を言いたいのかわりにくいものになった。わかんない上に ガチャガチャ動いててなんか動いてるだけで興味は惹くんだけど、大きさもまあまあ大きいので興味は惹くんだけど何かよくわからないっていうような感じでもあったりするわけなんですね。
ここに説明していない部分では音と光(光源の調光)の要素も複雑に映像、視覚的要素と関係しあっています。



私の作品ってのは全部このプロトタイプ(試作品)で完成作というものがあるのか?という感じなんですね。この作品EHMもバージョン1から2、3という風にどんどん付け足しながら より はっきりさせていくような感じで作っていったわけです。1年ぐらいかけて バージョンアップしていったわけです。制作にはそれなりに費用もかかるわけで、その費用は制作補助金として企画展に選別されるたびに支給された制作補助金をあてて、つづけたわけです。
最初の展覧会 cool break (クール・ブレイク) 次に名古屋国際ビエンナーレ アーテック  アペルト展 (名古屋市美術館、名古屋科学館)ふくいビデオナーレ(福井県美術館)そのあとキリンビールのアワードに出して受賞昨展示でキリンプラザ大阪と横浜、キリン生麦工場のキリンビアビレッジで展示しました。制作展示補助金だけでは費用が足らないので持ち出しっていうか 自分がサラリーマンで働いた給料 つぎ込んで作ってたわけですね。

 「セザンヌと鉄道」 という 論文を読んでいて 自分の まとめようとしていた論文と関連ありそうであり、それを反映した作品が本当は何を言わんとしていたかをはっきりと言葉としたかった。20年ぐらい経てば 何をやりたかったのがっていうのが時間の距離ができるということで対象が逆照射されて以前よりはっきりと見えてくるわけですね。まあ自分の頭の中なんですが。逆照射されるっていう事ですね。 だから今これをもう1回はっきりと言語化しようと思い立ったわけです。


自作品 EHM 上部のイメージと仕組み



 上部はそのイメージの世界って言いましたけども 外観はそういった人体の生物学的な有機的な形状を持った部分。内部にはジオラマがある だからそれは絵画の問題でもあるわけです。 絵画の奥行きの問題が最初にあり、その部分が発展した装置 というふうに見ることもできます。ですから彫刻作品を作ろうというよりも絵画の構造をもったっていうか、その絵画の構造 奥行き の構造っていうのを見えるようにするために作ろうと思った実験装置的なものなんです。それがたまたま 見え方としては 動く彫刻 キネティック・アートのようなものにも見えたというだけです。 ですからアーテックの時のカタログに作品ジャンルを書くところがあったんですけども 私はこれを映像装置というふうにも書けなかったし 彫刻でもないし結果 構造物 と、とりあえずは書いたわけでしてカタログにはそういうふうに表示されています。
  ライティングを行ってるんで光をあの時間にタイマーによって制御してるんで消えたりついたりもするんですけども バスの 消えてる時ってのはハーフミラーに内側からまたビデオ プロジェクションをしていていろんな映像が逆にまたそのハーフミラー上に映るようにもなってるんですね だからその部分は ジオラマが見えてる時ってのは固定して 固定視線つまり 見てる人は同じ 動かない景色を見てるということなんですけども 映像としてリフレクト表示されている観客は移動してる。 観客はそれを見てる観客はそのダイオラマの中を 移動してる映像として移動してるってのが ミックスされてるが見るっていう 構造になってます。
 話が 「セザンヌと鉄道 車窓と視覚」っていうのとちょっと離れますけども そういったことを考えていたってことですね。 だから自分の作品の中ではそういったことを考えていたということです。この続きはまた別稿で続けます。



鉄道と映像体験


 19世紀 産業革命で鉄道ができて 移動の制限がすごくなくなりました。人々はあちこちに出かけることが自由になったっていうことですね。そしてそんな新しい環境の中で移動中の風景を見る。視覚体験が大きく変わるって言うことなんですね。

だから僕はいつも体験してた 近鉄特急のスピードとその当時のスピードって全然違うわけなんですけども 今はもう矢のように風景が飛んでいくわけですけども、すごく近い部分 なんですね近景、中景、遠景 という3つの奥行きから見れば近い部分ってのはすごく
 ONE ということで また 中断してしまいましたか ということもあります 

セザンヌが鉄道で車窓の風景を見てた頃 1845年の SL の最高速度は時速 64km だったそうですね。今の自動車で市街地の普通道路を走るスピードです。新幹線や特急列車ほど速くないわけで 風景は意外と見やすかったかなと思います。 近景もそこまで流れていかなかったのかな とか思います。 



 もう一つ セザンヌのサント・ビクトワール山の絵で思うことっていうのは、アーチ型の鉄道の橋ですね。 かなり長いアーチ型の鉄道の橋が描かれてるんですけども そのアーチ型の橋が あの レオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザの向かって右側の遠景に描かれてるアーチ橋を思わせてなんかすごく興味深いなあと思うわけですね。 モナ・リザ の風景の話ですけども モナリザの左肩にかかってる布のショールの襞を陰影を表してるんですけどもそのひだの線が円弧を描いてそのまま遠景のアーチ橋がる。あの視線がその橋に誘導され遠景に抜けてゆく。アーチの橋は遠景と近景をつなぐような 効果があるわけです。
 セザンヌの場合は近景に人物はいなくて、近景に松の木などがあるのですが全部風景になってる。遠景、中景、近景っていうのが 絵の中ですでに筆触ととぎれとぎれの線、タッチに還元されたシミとして対象は描かれています。絵画空間はすごく 平面的に浅い 奥行き 空間になってる ていうことが ダ・ヴィンチの絵画とは違う 奥行き 構造になってます。 その中で2つとも そのアーチ橋が 果たしてるなんか 効果っていうのはちょっと興味深く持って見てしまったっていうことが この論文を読んで 気づいた部分でした。
以上
2024/09/10 火曜日 09:33 ボイス入力





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day #21285: 160414 / 遠近法と移動スピード   2016年4月19日

passengers sight/ test 01: Matsushige koumon   2016年8月16日

about my work: Kinetic structure   2016年10月8日

「古い3D」と「新しい3D」(その1)  2021年11月7日






2024年8月15日木曜日

「夫人Aを見る観者とそれを視る監者」

奇跡的なⅠ枚が撮れた。
夫人像Aを見る観者とそれを視る監視者。

「夫人Aを見る観者とそれを視る監者」2024 Apple ipod touch
(松本竣介<街>と昭和モダン 碧南市藤井達吉現代美術館にて)


何が奇跡的かというと、三者の視線と大きさが絶妙な構図に収まり、なによりもこの一枚の写真で自身がかつて大掛かりな構造物とインスタレーションで行おうとしていた意図が示された謎解きのような画像であるということだ。


(松本竣介<街>と昭和モダン 碧南市藤井達吉現代美術館にて)
 対象と向き合う観る者が対象と一緒に映り、その状況を他の見る者が見ている。

こういった環境を作品の作用空間として始めたのが1991年の秋以降のことだった。その時期がなぜ特定できるかと言えば、ちょうどその頃に山本圭吾先生のアーテック '91出品作のビデオインスタレーション「地の呼吸」の外観イメージを伏見の砂糖会館3階で制作し手伝ったこと、その後92年5月の2回目の個展の作品を映像装置を組み込んだものにしようと構想して取り掛かっていたことによる。そして、その実験的な作品とはちょうど先日破棄したばかりの作品だ。
論理的思考に沿って制作を行うことが苦手な者にとって、なぜそのような形を成す作品に至ったかや制作意図などを明解に言語化することは難しい。しかし三十数年たてば過去というものは遠くなることで焦点を結び対象としてはっきりピントが合ってくる。その当時ぼんやりしていた幾多のことが明快な言語として時に降りてくる。改めて、その詳細については別稿しようと思う。今回はそのとっかかりがたまたま見に行った 松本竣介<街>と昭和モダン(碧南市藤井達吉現代美術館)で撮影した写真によって顕在化したことに驚いたのだった。



青春美術

 松本竣介の絵を初めて図版で見たのは中学校だったか高校だったかの国語の教科書だったと思う。分厚い教科書の薄い表紙を開けるといつも赤茶っぽい「画家の像」の艶のあるカラー図版が目に飛び込んできた。どういう経緯で教科書の初めに掲載されていたかは推測するしかないが、その絵は1941年8月作であることなど今になって知れば同年の『みずゑ』4月号(437号)に発表した「生きてゐる画家」で軍部による美術への干渉に抗議したことと関係しているのかとみることもできる。それとも仕事をしていたという育英社との関係によるのだろうか。あるいは自身がすっかり忘れているが教科書の中に松本竣介が書いた文筆があったのかも知れない。などと当時、全然意識していなかったことや思い出すこともなかった絵のことを思い出し、意外と思春期の頃より頻繁に見ていたことに我ながら驚いた。
「画家の像」は1941年8月作で28回二科展に出品されたP100号の板に描いた油彩で29歳頃の作品である。その絵は今回の出開帳には来ていないが、翌1942年作の絵が数点展示されていた。
松本竣介の絵は学生時代に東京で見たり、作品集で頻繁に見ていたが、当時、フジタやキスリングとの比較で見たことはあまりなかった。今回見た模造紙に鉛筆で描かれた風景やこの写真の婦人像Aは確かにフジタの影響を見ることもできるし、今回特別出品された「黒いコート」もキスリングを思わせるし、風景画はユトリロを連想させるかもしれない。しかしエコールドパリ、池袋モンパルナスといった日本でのロマンチックな言葉が示すような弱さは竣介の絵には見られない。


頭部の小さい構図と色彩がキスリングを思わせるが、キスリングのようにロマンチックでない。










2024年4月3日水曜日

今朝の ピントでヒント

レオナルド・ダ・ビンチの空気遠近法の絵画はスフマート技法でぼかしていても、たとえばモナ・リザの絵を見ると近景~遠景までどこもビチッとピントが合っていて、それに比べてマネの筆跡が荒々しく残る絵画はブレやピントが合っていない空気感を捉えた写真のように見えるというところが、写真の影響を受けた印象派というところに考えが至った次第。

つまりカメラオブスクラでトレースしてる時代の絵画は輪郭線をアタリとして追いかけていて、銀塩写真が登場したことで時間に追いつかない光が、いや光に追いつかない化学時間が、ブレやピントという出来事の概念を生み出したということ。その現象が見えるようになったということで、ヒトの視覚認知が更新されたということ。

2024年3月31日日曜日

アメリカ 左

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 アメリカ 左が アメリカヒドリガモ が 直視 池に飛来したという情報を得た それは インターネットの 毎日更新されるブロガーの情報によって得たものである 私は今外出が困難な状況の中で 直接 現実的な空間でそれを観察する頃かできなくなっている そもそも私の持病 COPD が発覚する原因になった出来事 がこのアメリカ 左側も に関わる出来事でもあり 非常に このカモに対する思い入れが強いのである 今から 7年いや8年か前 箱根の 新しい美術館ができてそこで 尾形光琳の鴨の絵が展示されると 聞いてそれを見に行ったのであるが 結局 箱根 の駅を降りてその美術館に徒歩で向かおうとしたわけであるが あまりの坂道の険しさに 途中で断念して帰ってきてしまった しかしこの時は結構 moa美術館とか多くの場所を移動して 非常によく歩いた日でもあった ちょうど帰ってから 非常に肩が 詰まったような状況になって呼吸が苦しくなった その時に初めて自分で救急車を呼んで夜間の救急外来に行ったのである 翌朝 この症状が COPD のステージ4と診断されたのである そういった 今の自分の出来事につながる 出来事が この アメリカ 左側もの 到来と関連しているのである 尾形光琳 はところでこのかもず は通話のカモが水辺で くつろいでいるのであるが その脇に立つ 松の書き方がまた奇妙な ねじれを表していて興味深いのである その画面の真ん中にアメリカ 左鎌が描かれている つまりこの江戸時代の頃に すでにアメリカ 左鎌は日本に飛来していたということが まあこの絵からは わかるということなのであるが 実は 尾形光琳 自身が アメリカ 左側を観察して書いたわけではないというのが一般的な通説になっている 尾形光琳の鳥ばかりを集めた写生町があるが それは実は 尾形光琳 自身が 野鳥観察して書いたのではないとされている 当時 狩野派なりが 持っていた その観察図を集めた写生町 が 教本 となりお手本となり それを映しながら流通していった 写生町ではないかとされているまあ一般的にはそうなっている これは書道と同じように お手本があってそれをもとに書くという日本の独特な日本の というよりもまあ 東洋の と言ってもいいかもしれないが の製作方法に よっている画面を構成するというところでは それは 独自の才能が発揮させたりはするのだが それでも お手本を移す というところはあの存在するのである 今 日本のあるいは東洋の独自な方法と言いましたが 実は そうではないのかもしれないと思ったのがこないだ 見た マティスの初期フォービズムの荒々しい タッチで書かれたラフや男のモデルを使った絵画に現れている 実は私は ずっとその絵は アトリエでモデルを雇って皆で射精を行った時用に書いたものだと思い込んでいただが 実はそれではなくてその当時流通していた人体を取った写真集より 写真集をもとに 手本としてほとんど同じ構図で それは書かれているのである 写真集は当時 まだ 白黒の写真 陣営 写真であるが マティス はそれをそこに新しい激しい色彩 堆肥を持つ 絵の具で書き直しているというところにオリジナルが の部分が見受けられるのである つまり 性を東洋に問わず 二次元から2次元に移す という方法があるということである つまりそれはどういうことかと言うと3次元の現実のものを見ながら 2次元に 二次元に書くという行為は意外と難しく 困難な政策方法なのである 二次元から2次元に置き換えるという方法は意外と簡単なのである このことは自分の子供が図鑑を見ながら書いた絵がすごくうまく書かれていたのに対し 自分が頭の中で浮かんだ 機関車を書こうとした時に書けなかったということを発見した時に気づいた出来事でもある つまり 次元の転換が起こらない状態での絵画制作というのは安易であり 非常に 世界を作り直そうとする絵画制作においては その方が便利な方法なのである


まず インターネットによって直進 池に アメリカ 左鎌が飛来してるということを知る。 それはどういうことかと言うと まあ 少し前まではテレビが世界に向かっての窓という存在になっていたのが今現在では より小さなスマホの画面や あるいは PC コンピューターのディスプレイ あるいは タブレットが世界に向かっての窓になっているということである 実際に建物の窓というのは 今でも存在し そこから世界を眺めることができるのであるが もっと遠くのものを眺めようとすると実際の物理的な窓では限界があるのである そこで 我々は誰かが集めた情報という映像をテレビによってみるということを経験し それが今では特別な テレビカメラによらずとも多くの市民によって取られた 多くの情報画面によって世界が埋め尽くされるような空間に いるということが意識されたということなのである つまり 私は今 物理的に外出が困難な状況になっているわけであるが あるいは この状況というのは 今 多くの人が無意識に体験している 情報空間ということの一つのメタファーとして実際 私が外出できなくなって移動の自由が困難になっているということを 象徴的に表しているようなことでもあるのではないかと思うに至ったのである つまり私は家にいながら数キロ離れた先の直シーケにアメリカ 左がもっと言う 珍しいこの場所に飛来するには珍しいかも が到来してるという情報を得て その画像を見ているのである これは実際にそのかも 現場で見ているわけではないのであるが すでに見た気になっているのである まあこういったこと というのは 美術館に行って本物の作品を見るよりも前にすでにネットの情報によって溢れている画像によって見た 気になるということとも共通した体験ではある 実際に現場に行ってみるという体験で起こる感覚と情報の 中で見ているということを体験するのとでは大きな隔たりがあるというのは十分に分かっているのであるが 一つの時代のくくりとして この情報の上っ面をなぞるような資格。 そして 移動を妨げられた人にとっての資格 体験 遠くを見るということに 大きな示唆を与える出来事でもあると思いこのアメリカヒドリガモの嫌いの興味 深さを改めて実感するに至ったのである
> From:"kiminari"  <kimikimi993312@yahoo.co.jp>
> To:"橋本公成" <kimikimi993312@yahoo.co.jp>
> 日時:2024/03/31 日 22:31
> 件名:


さて、ここからが本編です。
以上が活舌の悪い音声によるAI認識によるテキストであります。音声→言語化テキストの段階で多くの誤訳、誤字や言い直しによって意味が分からない文に見えるが、これはこれでシュールレアリズムが行った自動筆記のテキスト版のようにみえて面白いと思ったのでそのままのテキストを残してみた。「アメリカ左」なんて言いえて妙ではないか、と思った次第。

さて、ここからが本編です。Ⅱ

因縁のアメリカヒドリ


  アメリカヒドリガモ が勅使池に飛来したという情報を得た。 それは インターネットの 毎日更新されるブロガーの情報によって得たものである。 私は今、外出が困難な状況の中で 直接 現実的な空間でそれを観察する事かできなくなっているのだが そもそも私の持病 COPD が発覚する原因になった出来事 がこのアメリカヒドリガモに関わる出来事でもあり、非常に このカモに対する思い入れが強いのであります。

移動の自由が制限される きっかけは


 今から 10年いや9年か前、箱根に新しい美術館ができてそこで 尾形光琳の鴨の屏風絵が展示されると 聞いてそれを見に行こうと思ったのです。箱根高山鉄道の駅を降りてその美術館に徒歩で向かおうとしたわけであるが、あまりの坂道の険しさに 途中で断念して帰ってきてしまった。しかしこの時はMOA美術館とか多くの場所を移動して非常によく歩いた日でもあった。 ちょうど帰ってから肩が詰まったような状況になって、これは怠けていた身体のせいだと思い込み、逆に粗治療と言わんばかりに腕立て伏せを20回行い、風呂にはいろうとした矢先、両肩を巨人に鷲掴みされたごとくの未経験の感じに襲われ、なおかつ呼吸が苦しくなり息ができなくなって窓を開け放して深呼吸を繰り返すのだが得も言われぬ苦痛は収まらず、その時に初めて自分で救急車を呼んで夜間の救急外来に行ったのである。翌朝 この症状が COPD のステージ4による筋肉の酸欠と診断されたのである。そういった 今の自分の生活変化につながる出来事が、この アメリカヒドリガモの到来と関連しているのである。
 

写しと写生


 ところでこの尾形光琳の鴨図は数羽のマガモなどのカモが水辺でくつろいでいる絵なのであるが その脇に立つ 松の描き方がまた奇妙なねじれを表していて不自然で興味深いのである。 この画面の真ん中にマガモに混じってアメリカヒドリガモが描かれている。つまりこの江戸時代の頃に すでにアメリカヒドリガモは日本に飛来していたということが まあこの絵からは わかるということなのであるが、実は 尾形光琳 自身が アメリカヒドリガモを観察して描いたわけではないというのが一般的な通説になっている。 尾形光琳の鳥ばかりを集めた小西家伝来の写生帖*注1 があるが それは実は 尾形光琳 自身が 野鳥観察して書いたのではないとされている。 当時 狩野派なりが 持っていた その観察図を集めた写生帖が 教本となりお手本となり それを映しながら流通していった写生帖ではないかとされている。絵画制作のネタ本的な意味合い。まあ一般的にはそうなっている。

鳥獣写生帖に描かれたアメリカヒドリガモ
 このようなことは書道と同じように お手本があってそれをもとに書くという日本の独特な(日本のというよりもまあ東洋のと言ってもいいかもしれないが)の製作方法に よっている。画面を構成するというところでは それは 独自の才能が発揮させたりはするのだが それでも お手本をうつす というところは当たり前のように存在するのである。粉本主義といってもよい日本画の伝統でもある。工房政策における事業、生業としての絵師は近代の個人崇拝主義とは異なるのである。
 今 日本のあるいは東洋の独自な方法と言いましたが 実は そうではないのかもしれないと思ったのがこないだ 見た マティスの初期フォービズムの荒々しい タッチと色彩で描かれた裸婦や男のモデルを使った絵画に表れている。 実は私は ずっとその絵は アトリエでモデルを雇って皆で写生を行った時に描いたものだと思い込んでいた。だが 実はそうではなくてその当時出版された人体を撮った写真集(この写真集自体が当時画期的な試みであっただろうと想像できるのだが)をもとに 手本としてほとんど同じ構図で それら絵画は書かれているのである。 写真集は当時 まだ 白黒の写真 銀塩写真であるが マティス はそれをそこに新しい激しい色彩対比を持つ 絵の具で描き直しているというところにオリジナルの部分が見受けられるのである。 
 西洋、東洋に問わず <二次元から2次元に移す> という方法があるということである。それはどういうことかと言うと3次元の現実のものを見ながら 2次元に 二次元に描くという行為は意外と難しく 困難な制作方法なのである。 二次元から2次元に置き換えるという方法は意外と簡単なのである。 このことは自分の子供が図鑑を見ながら描いた絵がすごくうまく描かれていたのに対し 自分が頭の中で浮かんだ 機関車を書こうとした時に書けなかったということを発見した時に気づいた出来事でもある。*註2
 つまり 次元の転換が起こらない状態での絵画制作というのは安易であり 非常に 世界を作り直そうとする絵画制作においては その方が便利な方法なのである。
カメラオブスクラによる現実視界のトレースもまた、この問題と同じような意味を持っている。

遠くを見るために、世界に開かれた窓としての絵画


 まず インターネットによって勅使池に アメリカヒドリガモが飛来してるということを知る。 それはどういうことかと言うと まあ 少し前まではテレビが世界に向かっての窓という存在になっていたのが今現在では より小さなスマホの画面や あるいは PC コンピューターのディスプレイ あるいは タブレットが世界に向かっての窓になっているということである。実際に建物の窓というのは 今でも存在し そこから世界を眺めることができるのであるが、もっと遠くのものを眺めようとすると実際の物理的な窓では限界があるのである。そこで 我々は誰かが集めた情報という映像をテレビによってみるということを経験し、それが今では特別なテレビカメラによらずとも多くの市民によって取られた多くの情報画面によって世界が埋め尽くされるような空間にいるということが意識されたということなのである。
 私は今 物理的に外出が困難な状況になっているわけであるが、あるいは この状況というのは 今 多くの人が無意識に体験している 情報空間ということの一つのメタファーとして実際 私が外出できなくなって移動の自由が困難になっているということを象徴的に表しているようなことでもあるのではないかと思うに至ったのである。
 私は家にいながら数キロ離れた先の勅使池にアメリカヒドリガモと言うこの地では珍しい鳥がこの場所に飛来するには珍しい鴨が、到来してるという情報を得て、その画像を見ているのである。 これは実際にその鴨を現場で見ているわけではないのであるが すでに見た気になっているのである。
まあこういったこと というのは 美術館に行って本物の作品を見るよりも前にすでにネットの情報によって溢れている画像によって見た 気になるということとも共通した体験ではある。 実際に現場に行ってみるという体験で起こる感覚と情報の 中で見ているということを体験するのとでは大きな隔たりがあるというのは十分に分かっているのであるが 一つの時代のくくりとして この情報の上っ面をなぞるような視覚。 そして 移動を妨げられた人にとっての視覚体験、遠くを見るということに 大きな示唆を与える出来事でもあると思いこのアメリカヒドリガモの飛来の興味深さを改めて実感するに至ったのである。


*注1 
鳥獣写生帖

----- 追記1- 250428
この記事は本ブログを始めた第一回の投稿であります。

2023年11月11日土曜日

231110 XYZ

 
日本の画制作と鑑賞の間で生じる位相について


何度も同じ問題を考える。



映像の受容の歴史性について



2023年9月15日金曜日

230915 1年前の今日、アサギマダラを見た。

 
「2022/09/15  am11:50」Kiminari Hashimoto 2023/0/15


1年前の9月15日、家の前で信号待ちをしてる時、羽化したばかりのような傷一つない美しい羽根のアサギマダラを見た。
信号が青に変わると前のボックストラックを追いかけるようにひらひら飛んで行く。
そうか!南への長旅のためにエネルギーを温存すべくボックストラックで空気抵抗を避けながら飛んでいるのだ!
ちょうどその時は両眼カメラしか作動してなかったので、この出来事を忘れないよう脳みそAIで生成、途中でほっぽり出してた切りバリCGを1年ぶりに完成させた。
そして、つまり、絵を描く動機とはそういったものだと思う。(手動gifあにめ)


am 11:50
 しかしトラックは北に向かっていた!

この道をまっすぐ行けば愛知池に繋がって、アサギマダラの立ち寄り地のバタフライガーデンがありアサギマダラが好物のフジバカマを植えてるが、まだ花の時期は早く伊良湖の渡りももう少し先の時期だった。伊良湖岬はこの進行方向とは逆の方向だし、西を目指すなら左折しなければならない。

その日も、今日のようによく晴れた日だった。



 このように、この日のできごとを言語化してるのだから、生成AIを使えばもっとその時に私が見た光景が、その時のリアリティをもって出現するだろうか?それとも全く見たこともない道の光景が出現するだろうか?それもまためんどくさい作業なので1年後になるだろう。



 昨今のデジタル環境は何事につけクイックタイム・レスポンスである。すぐに返事なり結果を強要してくる。何日もかかって完成させていた手描きイメージ図が4,5例をあっという間の数分で作成してくるのだから確かに驚くのであるが、受容する側の脳みそ筋肉を含む身体の代謝スピードとずれていってレスポンスに乖離が生じる。と感じているのは老害年齢を突き進んでるからだろうか。
冷静に生成AIを見れば、長大な人類の集合知を自動検索して組み合わせてるのだから、個人の限られた時間内での直接体験だけによる生成と競争することはすでに結果が知れている。そして集合知と個人知という対立項は、その分け方がそもそも間違いである。個人の脳みそといったところでそこにはすでに無意識の人類全体の集合知が含まれているのだから。


そものも、この切り貼りコラージュになぜそんなに時間がかかったのか。その時の感覚を重視すれば重要なのは主になるアサギマダラではなく、それがその時その場所でそのような状態を表そうとしたからだ。そのため蝶の画像より背景となる場所を生成することが、バイクで信号待ちしてるその時の視覚感覚の再現に時間がかかったのである。背景の画像にリアリティを持たせるべく最初はグーグルストリートビューをちょっとずつ視点を変えてコピペして重ねていたが、主観的両眼カメラから続くバイクの運転ハンドルなどは改めて別日に信号待ちの時に撮影したりした。出来事自体を撮影することはできなかった不在を埋めるために背景の生成に注力したのだ。




2023年9月4日月曜日

230904 【赤芽柏と壱羽の目白】

"A White-eye and Mallotus japonicus"  Kiminari Hashimoto 2023/09/04



【赤芽柏と壱羽の目白】
"A White-eye and Mallotus japonicus"  
230904
mixed five shootings



メジロは4,5羽~10羽くらいの群れで行動しています。この写真の時も4,5羽の群れでした。せわしなく動くのでこの画像のように一羽の目白が分身の術を使ってるように見えます。ここに写ってるメジロは同一個体の数秒単位を静止画にしたものです。

元画像01



結構あちこちに生えてるアカメガシワ(赤芽柏)の樹皮は健胃剤、生薬なんですね。晩夏、多種の野鳥が黒く熟した実に集まります。

赤芽柏(アカメガシワ、あかめがしわ)赤芽柏の解説



2023年7月9日日曜日

ゴルフについて #01【画家は厳密に奥行きを測定してるだろうか?】



ゴルフはやりませんが、ゴルフというゲームには非常に興味を惹かれます。
地形・植生を相手にする事、気候・天候を相手にし風を読むこと、放物線を描く弾道の予測、カーボンファイバーなど新素材を使用した道具の使用、そして精神的な重圧を受けるさまが目に見えて現れること、などなど。
スポーツのなかで総合芸術といってよいのではないかと思ったりします。
何より奥行きの距離感の測定に合わせて球を飛ばすこと。
画家は絵画の遠近法を使ってここまで厳密に奥行きを測定してるだろうか?



 セントアンドリューズに行ったことはありませんが、ペブルビーチリンクスはカーメルの砂浜より遠望したことがります。80年代後半のクリスマス前の頃。太平洋の風は強かったけど良く晴れた日の西海岸は暖かかった印象がありますが、昨日の中継を見てると曇っていて結構寒そうな7月です。



「スコットランドの羊飼いたちが、暇つぶしに、羊を追う棒で、石ころを打って、野うさぎやモグラの巣穴に入れて遊んでいたのが始まり」wiki とされるゴルフは今や巨額な賞金が動くビッグビジネス。そういう面でも「現代アート」と似た雰囲気を感じますが、それはまた別の話。



United States Golf Association - USGA 
全米女子オープンで展示されるペブルビーチの美しさと歴史。

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2023年6月2日金曜日

「Kとの会話」その5

  一点透視図的な奥行きを強調しようとしてまっすぐな一本道の並木的な絵がつまらないのは、その図法が目的になっていて表現に直結してしまってることなんです。



すぐれた作品というものは、その図法が目的として前面に出てこなことによって、その作品が発するもやもやとした複数の問題を探そうと何度も何度もその作品に向き合って立ち会おうとすることを強いるのです。つまり何度も見たいという欲求を誘発しないものはすぐれた作品と言えないのではないか。
 まあこういったことで、僕はKの作品にそれほど興味を惹かれないということなんですよ。
面と向かってあなたに言うのは失礼かもしれませんが。
この感覚はトリックアートという見世物にも通じるのですが。
いや、見世物が悪いと言ってるわけではありませんよ。
緊張の連続で疲れきってる時に難しいことを考えたくなくなるじゃないですか。そんな時、大声で笑わせてくれる芸能というものは確かに必要ですよ。だけど面白いかと言われれば面白くない。まあこの二つの日本語の曖昧さがあるんですが「おもろー」と「実に興味深い」という違いでしょうか。
そんな風な感覚なんですよ。





 面白くないと言えば、僕の根本的な問題についても話さなければならないでしょう。
ええ、発表活動を行わなくなった理由についてです。
自由な提言を作品として提示し他者の意見を聞く、あるいは反応を見るということなんですが、それは一方で売るためのアートワークを作る、注文に応じて製作するということと、別なアマチュアな行動でもあるのですが、そのあいまいな状況下にもやもやして折り合いを付けられなくて今に至るわけです。

 97年の三つの展示発表。
ええ97年というのはこの国の経済がポキッと折れた有名なグラフが示すあの年です。
その頃社会を賑わせていたのは、ポリコレとかジェンダーフリーとか耳慣れない言葉が飛び交うようになった頃です。
海外由来のアートニュースでもホイットニーバイアニュアルとかでそういった類のテーマによる作品が多いとか伝聞されていたあの頃です。
まあ、それはいいんですが、それ、この日本に持って来て扱う問題?という疑問があったのは一旦措いておいて、自由な提言を謳っているリベラルアーツというものが、その実、左巻きの思想が当然の前提のようにふるまうことに「ええーーっ」となるわけです。
リベラルアーツ、コンテンポラリーアートというものが左巻きの思想を前提として存在しているということの片寄り。それって辞書的な意味の「リベラル=自由な」とは異なることじゃんてなるわけです。右巻きの保守とかそういったことは初めから存在しないように排除されてるような振る舞い。
ああこれが共産革命だったのかとようやく今になってはっきり理解実感したのですよ。以前 よりはるかにポリコレとかジェンダーとか言う語が身近に聞くようにこの国の社会に浸透していって、法律さへ作ろうとしている、今。

当時も、「抽象絵画は偶像否定したあの人たちの思想から始まってるんだからアメリカの現代美術というものも、いわゆる一つのフォークアートですよね。」と一世代上のポジション作家の人たち数人の集まりで発言してひんしゅく買ったりしてたんですがね。
まあその時はそれほどでもなかったんですが。そのあと数年して、自分がそういった展示会に出品するようになった頃のことです。

芸大の先生が学生数人を連れて展示会場に来てくれて、感想を述べたのですね。
ジェンダーフリーの流れの中で性差を強調した表現は時代に逆行していると。

いやぁ、僕としてはポリコレよりもバイオロジカルコレクトネス biologically correctness の方に興味があったわけで、、、
ポリコレで強調しなくても生物の世界では♂が♀になったり♀が♂になったりすることはなんら不思議ではないし、、
何よりこの国の文化(源氏物語や歌舞伎)を見ても、今さら海外から耳慣れない横文字にして改めて「世界標準から遅れているこの国・・・」と詐欺的に強調して輸入することに???となるわけですよ。
それ時代の流れとか関係ないじゃないですか。
アッ、ついつい脱線が過ぎました。
つい昨今の状況が当時を思い出させてくれたんですよ。


つづく


関連投稿 ---------------
「古い3D」と「新しい3D」(その1)  2021年11月7日

2023年2月17日金曜日

230217 荒池のレイヤー「オシドリ木に登る」について

 









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「荒池のレイヤー」の始まりは一年前の投稿です。
同じ時期にレイヤーの構造についてこのような投稿をしているということは対象の環境が同じような状況であるともいえるのです。そしてそこから発展して絵画空間のことに発展していくということも同じ反復なのです。
「・・・この笹原越しにデータを画像処理していると笹原面のレイヤーが絵画でいうキャンバス表面で、同時にPCのディスプレイ画面でもあり、その奥に浅い画箱が存在してそこにオシドリがいる浅い空間をひたすら奥行きを確認するようにフォトショ処理していると、これはまったくセザンヌ先生が毎日エクスの風景に向き合って成していたことはこのようなことだったのかと、100数十年遅れて追随してるに過ぎないというような絶望感に駆られたりするのよ。絵具とフォトショという道具こそ違え、まったく古臭い伝統的なことを行ってる。誰かによって耕された跡の道を歩いて、なお何か落ちていないか探してるような気分になって滅入ってしまうのよ!」(本文より)
220211 荒池のレイヤーと奥行き(#オシドリの群れ #トモエガモ初見)
2022年2月11日金曜日 


2022年11月23日水曜日

221122-02 この時期のコガモ 冬羽, 繫殖羽への移行期

 




















冬羽(繁殖羽)にほぼ移行している個体
天白川本郷橋西
2か月前の9月中旬、この地方にわたってきたコガモですが当初に比べ冬羽(繁殖羽)への移行がだいぶ進んでいるのが観察できます。
頭部の構造色部がほとんど生え変わってるものと、まだ禿げたようになっている個体。換羽の個体差は誕生して冬羽(繁殖羽)の換羽を経験した成鳥と今年生まれで初めて冬羽に生え変わる若鳥の差であると推測します。












220918-02 コガモ 夏羽エクリプス







オスの顔の構造色の生え際、境界を残した塗り分け絵画のようなそれに目が行きますが顔以外の部分の羽毛も複雑な模様に覆われていて興味深いのです。冬鳥として身近な鳥であるコガモ観察が飽きないところです。腹部から翼にかけて、遠目で見ていると白とグレーの色差あるいは銀灰色の面に見えているものが、望遠でより目に引き寄せる、あるいは対象に近づくとグレーと認識していた面がじつは白い羽毛1枚1枚に入った斑入りの模様の集合であることがわかります。そしてこの斑は体の場所によっていくつものパターンがあり又、羽毛1枚の大きさも異なっています。こうしたカモ類の羽毛を見ていると僕はいつもリキテンスタインの網点絵画のことを連想するのです。

 限られた版数の印刷でより多くの色調を増やし網膜に届け脳に認識させる網点による印刷効果。この構造を用いた印刷技術をリキテンスタインは発明したのではなく、印刷物を巨大に拡大した絵画を作ることでその構造をより見えるようにしました。アンディ・ウォホールが印刷メディアを原稿として肖像や事件写真を拡大しシルクスクリーンで作ったことが網点が画面に現れた先行かもしれませんがリキテンスタインほど網点構造に着目していたとは思えません。リキテンスタインが拡大した網点効果による絵画は、しかし元の印刷物での効果と逆の効果を現前させています。印刷物で使用されていた網点はその印刷物自体の大きさからイメージの奥行き効果に向かっています。印刷面から向こう側にイメージが後退していってる効果。それに比べてリキテンスタインの網点は拡大されて絵画鑑賞する目と対峙して、壁からこちら側に向かってくるような効果を感じます。むしろ網点の大きさを調整してドットによる視覚効果を表現の効果にしている。効果というより、フランク・ステラが言ったような絵画の「作用空間(working space)」といってよいかもしれません。実際ステラもアルミレリーフがより物理的に壁から突出し複雑化していったモービーディックのシリーズに至る頃、さらにより大きな壁画のため、自身の版画作品で作った版を利用したコラージュ手法で、網点や拡大鏡でしか見えない4色印刷のコンタクトスクリーンによる色版掛け合わせを巨大に拡大したパターンなどを使用して、行き過ぎた物理的な奥行きに逆行する平面による表現も同時に行っている。
 こういったリキテンスタインが気づかさせてくれた壁からこちらに向かってくる絵画の作用空間。この源泉を西洋美術の歴史にたずねてみれば、イタリアルネサンスのレオナルド以降、バロックのカラバッジオに行きつくのです。これはステラの論文でも語られていることですが。
絵画平面上を壁と同一面ととらえ、その向こう側に後退しているか(レオナルド)、壁のこちら側に突出してくるか(カラバッジオ)この時代の転換が絵画のイリュージョンの方向にも同期してると考えることもできるのではないか。
ルネサンス以降にこの問題がより目に見えるようになる方向は印象派に見るイメージを描写する筆跡を抑えるのではなくマネ頃から抑えなくなったこと。モネの後期にかけて筆跡はより強調されるように画面に現れるようになった。銀塩写真が登場してからは絵画が写真にとってかわられたから?画面上で絵具の物質性や手で描いたとわかる筆跡を隠さなくなった。むしろ強調しだした。その効果は今まで1m離れたところから鑑賞していた画面と同等の感じを得ようとすると2m以上離れて見れば筆跡はイメージに回収され気にならなくなる。リキテンスタインの印刷網点も同様に画面から離れれば離れるほど印刷本来の網点効果を感じることができる。
つまりはどういうことかというと、壁という平面に対峙してその奥に奥に向かっていた絵画の奥行きがルネサンスからバロックへの転換点から壁からどんどんこちらに向かってくるイリュージョンが印象派からアメリカ抽象表現主義に引き継がれた絵画のフォーマリズムの歴史展開であり、それをイラストレイトで分かりやすく示した流れがステラの制作展開であったのではないかということだ。

コガモの羽毛パターンからはじまって、すっかり脱線してしまった。


途中、つづく


2022年2月11日金曜日

220211  荒池のレイヤーと奥行き (#オシドリの群れ #トモエガモ初見) 


 



荒池のレイヤー


北側の遊歩道から対岸までは約120m。
南西対岸は人が近づけない雑木林で公道から隔てられ、ヒトや犬猫から守られた場所。
なおかつ水中から生える樹木や笹原は120m隔てた対岸からも視覚的に隠れることができる自然のブラインドになっている。
警戒心の強いオシドリはそんな場所に潜んで日の当たる場所になかなか出てこない。
それでも初めてここに来た先月19日の午後一には藪から出ての行列行進が見られたことから、午前や午後の行動を予測し時刻を変えて観察を反復。


笹原の隙間越しに鮮やかなオレンジ色がみえる。


切り取られた画面フレームと笹原は平行な関係になる。
バカチョンオート、x180の最大望遠(1000mm望遠相当)で撮影したデータは、そのほとんどがフレアで白っぽく画像処理でようやく体験した視覚に近づくことができる。








 

「しかしちょっとまって、あなたはそれを肉眼で見たの?あなたはレンズ越しのCCDで情報化された液晶画面を見ているに過ぎないのでは?」

 「そうよ。液晶ファインダーがキャッチした図に反応し、shootingしてるだけのめくら殺法よ。何が捕らえられたなんてその時はわからないわ。もっともフィルムカメラの時代と違ってその場で2インチくらいの液晶画面でチェックすることはできるわ」

 「その時あなたが体験した視覚とは現場の感覚、その記憶を基にその時の臨場感を頼りに再構築している電子絵画ということ?つまりここの画像も」

 「そうよ。色も、光線も。ただそこに捕らえてる獲物については帰宅後PC画面で拡大して初めて発見があるのよ。
 この笹原越しにデータを画像処理していると笹原面のレイヤーが絵画でいうキャンバス表面で、同時にPCのディスプレイ画面でもあり、その奥に浅い画箱が存在してそこにオシドリがいる浅い空間をひたすら奥行きを確認するようにフォトショ処理していると、これはまったくセザンヌ先生が毎日エクスの風景に向き合って成していたことはこのようなことだったのかと、100数十年遅れて追随してるに過ぎないというような絶望感に駆られたりするのよ。絵具とフォトショという道具こそ違え、まったく古臭い伝統的なことを行ってる。誰かによって耕された跡の道を歩いて、なお何か落ちていないか探してるような気分になって滅入ってしまうのよ!」


「つまりあなたはこの画像を作品と考えている?」

「違うわ。こんな安もんのバカチョンでとらえた写真が作品というのはプロの写真家さんに失礼だわ。実際私も帰宅後pc画面で確認し、羽毛の一つ一つまでピンが合っていないことにいつも不満だらけよ。もっと高価なデジタル一眼で撮ればそれらしくなるのにと思いつつ、しかし一方では静止画としての独立した写真を作品化したいと思っているのかと自問すると、まったくそんなことは考えていない自分がいるのよ。」

「つまりあなたがやっていることは単なる趣味の暇つぶしということなの?」

「そうねえ。暇つぶしといえば暇つぶしではあるわね。確かに時間を賃金というお金に交換していないのだから趣味ということよね。あなたが言ってることはよくわかってるのよ。
観察と制作の問題ということね。科学者の先生が良くおっしゃっている、観察→仮説→実験→結論→観察・・・といった<帰納>と<演繹>が永遠にループを描く態度。そのループの中、作品と成立させるには大きな断絶を超えないといけないのよ。作品・芸術は、自然な生活に見える観察の中にその萌芽は潜んでいるけど、それを成立させようとする時、大きな断絶をもって行う不自然な行為なのよ。というよりその大きな断絶こそが芸術ということなのよ。」











(つづく)



トモエガモ初見



そしてこの日、初見のトモエガモ。
逆光でよく確認できなかったが、帰宅しPCでデジカメデータを拡大してあちこちに写ってるのを確認。♂3、♀2羽がファインダー内にとらえていた。まったく、めくら殺法のようなshooting。



左写真)♂3羽、♀1羽が確認できる。