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2024年11月23日土曜日

241123 ミミカイツブリ

 


遠くにようやく捕らえたミミカイツブリ
しかし望遠機能が不調でピント合わず


ハジロカイツブリは見つけられず。
頭頂部の黒い部分が眼線からはっきりと白い部分と分かれていること、頭部の形状がハジロより丸くないように感じることからミミカイツブリと判断。






実が鈴なりでも鳥が集まらないのはまずいから?






























2号橋の黒猫はシジュウカラの水浴びを狙う?












2024年9月20日金曜日

Re: 箱男




70年代の 見る/見られる の関係とか 匿名性の自由 とか、そんなことが現実に進行しているスピードの中で追い越され、

戸田君らと見に行く予定が、伏見まで夕方出かけるのは少々難しくなり、昨日ラストの三好movicへ滑り込みで行ってきました。石井監督作品を映画館で見るのは何と学生時代に小松の映画館まで行ってみた「高校大パニック」以来というなんと46年ぶり。やはり同じ頃よく読んだ安倍公房の作品「箱男」

  匿名性 ということについて ですけども まああのこの原作本が書かれたのが1973年 なんですね。 だから今から もう51年前 なんでこの映画が作られた 年とか考えても まあ 50年ぐらい経ってるわけですね。 安部公房 さんの 小説も学生の頃からよく読みました。 実存とか 存在とかその個人を主に考えると 不条理性 というのが浮き上がってくるわけなんですけども 、現代 その50年経った今 僕が見ている世界っていうのはまあ今この SNS で誰もがネットの海に 自分の言葉で世の中のことを発信することができるようになり、それがAI の肥やしになるっていうか。人工知能 AI の拠り所となる。集合知ですね。
 個人の個人個人の複数のものが集まってできた知識っていうのが集合の知識。人類としての知識を形作っていくというのが 現実的に今もう進行中で 見えるようになってるというか、普通にそういった方法を使用して生きている世の中になっている。というかそもそも知識も個人が作ったものではないですね。
50年前に安部公房さんがテーマとしてなかったかもしれない評論家とかその読む人が逆に あの個人の不条理とかそういったことを について 感じていた あれは見る見られるという関係性とかその 気持ち悪さとか ということを ということに視点が置かれてたわけなんですけども 今回 その男 の映画を見て 感じたのはまあそういったことがあの今映画で展開されるというのが まああのすごく ちょっともう 時代遅れかな。 特にこの最後の ところなんかは 最後とかあのエンドロールとかで流れてる 携帯の音とか まあちょっと 古臭いかな と特に最後のセリフ 、主人公の永瀬さんさんが最後 叫ぶ ちょっと前に映る映像 映画館で見てる観客 新鮮味はあまり感じなかったところでもあるんですね。

 面白かった のは意外と 僕は箱の中から覗くっていうのが カメラオブスクラというかカメラの原型ですね。 ピンホールカメラ 箱に穴を開けて箱の内側に外の世界を映す という そのメタファー 的な感じであったりとか。 箱の中に人が入るって言うの とか合体して人間の身体のメタファー 的な感じで箱が扱われてるような感じがして そういうところが 逆に 面白かったですね。
オープニングの映像が 森山大道さんみたいなモノクロの荒れた粒子の画像であったりとか、箱の中が暗室になってるとか。90年代初頭発売のコンタックスT2で撮影してるとか。箱の中が赤い暗室ランプで、撮影した写真のネガをその箱の中で現像してるということなど、人ひとり隠れるのがやっとという大きさなのにその内部空間の容量の大きさなど、映画ならではの面白かったところです。 そんなところかな。意外とカメラ について を考えるようなところもあって面白かった。
箱男がこう 覗き見してるという 覗き見 という こと に関しては 江戸川乱歩の 「人間椅子」とかをやっぱり 思い出させるような そういったなんか フェティシズム的な あの エロチシズム の 雰囲気を感じる ところ また 谷崎潤一郎とかそういったものと 漢字 共通の 感覚を覚える ようなところも ありました それは映画に映画にしたから そうなったのか 安倍公房さんの原作 この原作は僕も呼んだか 読んでないか ちょっと記憶がすごく 曖昧で もう1回 音を買って読もうと思いますけども そんな感じですかね というような感じでした 
「見る/見られる」って言うことについては 僕も92年頃 見る 見られるという関係を主題にしたわけじゃないんですけども 結果的にそういった作品 ライブカメラでモニターに移してそれを 構造物の 一部と合体させて観客 自身が自分もひっくるめた映像を見るというような作品も作ってたので、見る 見られるという関係についても改めてこの作品の論評 で出てくるひとつのテーマでまあ自分の作品についても改めて気づいたという感じです 
以上

> ----- 引用元メッセージ -----
> From:"kiminari"  <kimikimi993312@yahoo.co.jp>
> To:"橋本公成" <kimikimi993312@yahoo.co.jp>
> 日時:2024/09/20 金 00:06
> 件名:箱男
 Re: 箱男

30分前2024/09/20 金曜日 00:14

当時の不気味さが、今はその環境が当たり前になって、不気味さが異なる次元に行っている。というか、不気味でも何でもないようになってる日常こそが不気味。
さっきの集合知の話ですね AI の時代におけるこの集合知ですね このことについても気づいたのはまあ 父親が12年前 いなくなったんですけども その最後の3ヶ月間 まああの 僕もですし 弟もです しまああの母親はまあ つきっきりで病室に泊まり込んだりしてまあ 父との最後の3ヶ月をそれぞれ 過ごしたわけですね その 僕もあの病室に泊まって夜中に 航空ゲタンとかの処理を したりとか まあ 初めて そういったこともやりました それぞれのそういったあの 日々をあのうちの家ってのはみんなに気を書くのが 僕もまあ ずっと 今まで続いてることといえば まあ日記を書く 小さい頃からまあ 途切れずに 続いてるって事は日記 なんですね それでまあその時に感じたのはその父のマイツ 終わるかもしれない 最後の命の 終わる頃 それぞれ まあ 3名がそれぞれの日記を書いてるわけですね 思ったのがまあ 1つの出来事に対してこう 3人がそれぞれの視点で 言語化しているということにまあ 非常に 興味深い ことだなと思ったわけです 2 曲書いてたりもしながら 時々話したりもするんですけども いずれそう の記憶 ってのは その 僕の記憶とか弟の記憶が僕のと混ざったりして 書き換えられたりしていくわけですね そんな風に その1つの出来事 出来事っていうのは 一つなんですけども それを 感じてるのは3名にいた看護婦さんとかも 記憶していればそういった 別の感覚を持って その出来事に接してるわけですね だけどそれぞれのあの 出来事に対する思いってのは あの 曖昧になったり 混ざったりして残る残っていくことができた記憶だけが残っていく という それがまあ 1つの 歴史というものもそうなんだろうというようなことですね だからこの歴史で真実はこうだったとか言いつつも まあ 小説 いろいろあるわけですね 遺跡が出てきたり 後々の時代に対する測定方法が科学的に発見されたりまあそういったこともあるわけなんですけども 結局 残った 記憶が歴史を作って いく それが 正しい出来事 正しく そういうことが起こったという確定した出来事 ではないかもしれない 残って編集されたものが 歴史 になっていく 若い頃は そういったことに反発してたわけですね なんか それは嘘の話 あると しかし今も こうしよう 迎える年になってくると なんかその辺のお考えは変わってきて 残ったものが歴史になっていく っていう 風な考えに変わってきたわけですね 集合地によって人工知能が答えを導き出すような 世の中と 非常に近しい そういった 便利な ことが起こったからそう思ってるのか いや そうじゃなくて 昔から結局そういうことだったということなのかまあそんなことも一緒に考えたわけです つまり 映画の中で 店の箱男とか ただ みんな そのノートを書いてるわけですね 人間が本物の箱男かとか店の箱男とか それがどんどん入れ替わっても ごちゃごちゃになっていくんですけども 結局そのテキストは誰が書いたものなのかということだったり 本当の箱男とは 誰なのかとかそんなことじゃないんですね 結局は民衆 大衆の多数が全て開く男であり 匿名であり無名である そういったものの中で 書かれて ごっちゃになって残っていったテキストが 歴史であるみたいなことも まあ 感じた映画でもあります。 
追記 終わり

 石井監督と言うと僕の1つ上の歳なんですけども 学生時代に作った映画 1976年製作の「高校大パニック」78年に日活から 共同監督で リメイク されて これを見に行ったと思うんですけども、それ以来ですね。50年近くぶりに石井監督の映画を映画館で見た感想です。


2024年9月8日日曜日

車窓と視覚、鉄道と映像





「車窓と視覚, 鉄道と映像」という論文を以前も書き始めたんですけれど、この論文はまだはっきりとまとまっていない状態なんです。しかし、まとまってなくても思いついた時にメモらなければまた脳みその奥まったところに入り込んで行方不明になってしまうものですから絶えづ引きずり出して反芻するのです。
こんな状況の中で昨日「美術評論+」というメール便で 秋丸知貴さんという批評家の人が「セザンヌと鉄道」の論文を三部作で3回に分けて英文でアップされていて、それをざっと 読みました。車窓と視覚 の問題を セザンヌの有名なサント・ヴィクトワール山の風景画を 描いた現場を訪れて分析されているような論文です。秋丸さん自身が撮影された現地の写真や動画がいくつか 参照されています。それが現代の風景とセザンヌが描いた風景画との比較の中で示されていて、車窓のイメージが結構大きい ような感じもあったり、鉄道ができたことによって得られた視覚であるということに導かれてます。



●秋丸知貴氏の論文サイト(英文)------------
Cézanne and the Railway (1): A Transformation of Visual Perception in the 19th Century
セザンヌと鉄道(1):19世紀における視覚の変容

Cézanne and the Railway (2): The Earliest Railway Painting Among the French Impressionists
セザンヌと鉄道(2):フランス印象派の最初期の鉄道画

Cézanne and the Railway (3): His Railway Subjects in Aix-en-Provence
セザンヌと鉄道(3):エクスアンプロヴァンスにおける鉄道の題材
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論文と試作品 (prototype)
作品「エレクトリック・ハート・マザー」(Electric Hart Mother)について


 さて、私が車窓の視覚に興味持ったのは名古屋から大阪の実家にいつも使用する近鉄電車の車窓から見た風景で考えたことでした。ある日たまたま乗った車両の喫煙席がかなり豪華な個室が作られていまして そこの部屋が大きな車窓になっていてすごく映像体験装置的な空間であったということに驚いて、その時の体験を論文のようなメモとして書いたわけです。(注01)

鉄道と映像っていうのは以前から関心がありました。92~93年に作った作品の「エレクトリック・ハート・マザー」という大きな構造物があるんですけども これは 観客が作品を見る 正面に立てば、その観客自身が2台のビデオカメラで写されて写した映像がライブで2台のブラウン管テレビに表示され、それが見てる人の正面のに取り付けられたハープ ミラーに映る。でそのハーフミラーの内側っていうか奥というのが ダイオラマ 実際に奥行きを持ったダイオラマとして作られている風景の中に合成されるという感じなんです。2台のビデオカメラと2台のテレビブラウン チューブってのは それぞれ動いてまして、カメラは左右にパンしています。テレビのブラウン管は上下に動いてる。その機械的な仕組み、構造自体がをSL の車輪とロットを模したような仕掛けにして見せています。
イメージとしてはこうなんですけど、映像装置的に視点で見ればライブカメラによるビデオインスタレーションであるわけです。


  作品の下の部分はそういった機械的な仕組みを見せているっていうことなんですけども、上の部分っていうのはイメージの世界として作っています。窓のような部分 開口部みたいな部分から見た奥は先ほど説明しましたように風景のダイオラマになっています。廃墟のような感じで一部 原爆ドームのレンガ壁を模倣しながら現実の風景の再現ではない様子も加えながら、風景を創ろうとしたのです。その風景の中には 実際 水が流れる川のようなものが作られてます。その川は正面から見た時にははっきりとは水の流れは見えないんですけども 水が流れてる音はしているのと光源によってキラキラしてるので水の流れの気配は感じれるようになっています。流れる水は下の水槽にチューブでつながって水を溜めながら またポンプで上に循環しているという構造になってます。
 この上部には形が与えられていて、まあ言ってみれば風景(ダイオラマ)を覆うようにパッケージとして外観もデザインしているわけです。その形というのが子宮とそれを囲む骨盤のイメージで作られています。まあこの唐突な形状が上から見なければ形状の全体像が分からないということで、そのことがより一層この作品のわかりにくさを露呈しています。

 このように外観の説明だけでも、作品「エレクトリック・ハート・マザー」(Electric Hart Mother 以後EHMと表示)は様々な切り口で作品を成立させようとした結果、要素が多くて何を言いたいのかわりにくいものになった。わかんない上に ガチャガチャ動いててなんか動いてるだけで興味は惹くんだけど、大きさもまあまあ大きいので興味は惹くんだけど何かよくわからないっていうような感じでもあったりするわけなんですね。
ここに説明していない部分では音と光(光源の調光)の要素も複雑に映像、視覚的要素と関係しあっています。



私の作品ってのは全部このプロトタイプ(試作品)で完成作というものがあるのか?という感じなんですね。この作品EHMもバージョン1から2、3という風にどんどん付け足しながら より はっきりさせていくような感じで作っていったわけです。1年ぐらいかけて バージョンアップしていったわけです。制作にはそれなりに費用もかかるわけで、その費用は制作補助金として企画展に選別されるたびに支給された制作補助金をあてて、つづけたわけです。
最初の展覧会 cool break (クール・ブレイク) 次に名古屋国際ビエンナーレ アーテック  アペルト展 (名古屋市美術館、名古屋科学館)ふくいビデオナーレ(福井県美術館)そのあとキリンビールのアワードに出して受賞昨展示でキリンプラザ大阪と横浜、キリン生麦工場のキリンビアビレッジで展示しました。制作展示補助金だけでは費用が足らないので持ち出しっていうか 自分がサラリーマンで働いた給料 つぎ込んで作ってたわけですね。

 「セザンヌと鉄道」 という 論文を読んでいて 自分の まとめようとしていた論文と関連ありそうであり、それを反映した作品が本当は何を言わんとしていたかをはっきりと言葉としたかった。20年ぐらい経てば 何をやりたかったのがっていうのが時間の距離ができるということで対象が逆照射されて以前よりはっきりと見えてくるわけですね。まあ自分の頭の中なんですが。逆照射されるっていう事ですね。 だから今これをもう1回はっきりと言語化しようと思い立ったわけです。


自作品 EHM 上部のイメージと仕組み



 上部はそのイメージの世界って言いましたけども 外観はそういった人体の生物学的な有機的な形状を持った部分。内部にはジオラマがある だからそれは絵画の問題でもあるわけです。 絵画の奥行きの問題が最初にあり、その部分が発展した装置 というふうに見ることもできます。ですから彫刻作品を作ろうというよりも絵画の構造をもったっていうか、その絵画の構造 奥行き の構造っていうのを見えるようにするために作ろうと思った実験装置的なものなんです。それがたまたま 見え方としては 動く彫刻 キネティック・アートのようなものにも見えたというだけです。 ですからアーテックの時のカタログに作品ジャンルを書くところがあったんですけども 私はこれを映像装置というふうにも書けなかったし 彫刻でもないし結果 構造物 と、とりあえずは書いたわけでしてカタログにはそういうふうに表示されています。
  ライティングを行ってるんで光をあの時間にタイマーによって制御してるんで消えたりついたりもするんですけども バスの 消えてる時ってのはハーフミラーに内側からまたビデオ プロジェクションをしていていろんな映像が逆にまたそのハーフミラー上に映るようにもなってるんですね だからその部分は ジオラマが見えてる時ってのは固定して 固定視線つまり 見てる人は同じ 動かない景色を見てるということなんですけども 映像としてリフレクト表示されている観客は移動してる。 観客はそれを見てる観客はそのダイオラマの中を 移動してる映像として移動してるってのが ミックスされてるが見るっていう 構造になってます。
 話が 「セザンヌと鉄道 車窓と視覚」っていうのとちょっと離れますけども そういったことを考えていたってことですね。 だから自分の作品の中ではそういったことを考えていたということです。この続きはまた別稿で続けます。



鉄道と映像体験


 19世紀 産業革命で鉄道ができて 移動の制限がすごくなくなりました。人々はあちこちに出かけることが自由になったっていうことですね。そしてそんな新しい環境の中で移動中の風景を見る。視覚体験が大きく変わるって言うことなんですね。

だから僕はいつも体験してた 近鉄特急のスピードとその当時のスピードって全然違うわけなんですけども 今はもう矢のように風景が飛んでいくわけですけども、すごく近い部分 なんですね近景、中景、遠景 という3つの奥行きから見れば近い部分ってのはすごく
 ONE ということで また 中断してしまいましたか ということもあります 

セザンヌが鉄道で車窓の風景を見てた頃 1845年の SL の最高速度は時速 64km だったそうですね。今の自動車で市街地の普通道路を走るスピードです。新幹線や特急列車ほど速くないわけで 風景は意外と見やすかったかなと思います。 近景もそこまで流れていかなかったのかな とか思います。 



 もう一つ セザンヌのサント・ビクトワール山の絵で思うことっていうのは、アーチ型の鉄道の橋ですね。 かなり長いアーチ型の鉄道の橋が描かれてるんですけども そのアーチ型の橋が あの レオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザの向かって右側の遠景に描かれてるアーチ橋を思わせてなんかすごく興味深いなあと思うわけですね。 モナ・リザ の風景の話ですけども モナリザの左肩にかかってる布のショールの襞を陰影を表してるんですけどもそのひだの線が円弧を描いてそのまま遠景のアーチ橋がる。あの視線がその橋に誘導され遠景に抜けてゆく。アーチの橋は遠景と近景をつなぐような 効果があるわけです。
 セザンヌの場合は近景に人物はいなくて、近景に松の木などがあるのですが全部風景になってる。遠景、中景、近景っていうのが 絵の中ですでに筆触ととぎれとぎれの線、タッチに還元されたシミとして対象は描かれています。絵画空間はすごく 平面的に浅い 奥行き 空間になってる ていうことが ダ・ヴィンチの絵画とは違う 奥行き 構造になってます。 その中で2つとも そのアーチ橋が 果たしてるなんか 効果っていうのはちょっと興味深く持って見てしまったっていうことが この論文を読んで 気づいた部分でした。
以上
2024/09/10 火曜日 09:33 ボイス入力





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day #21285: 160414 / 遠近法と移動スピード   2016年4月19日

passengers sight/ test 01: Matsushige koumon   2016年8月16日

about my work: Kinetic structure   2016年10月8日

「古い3D」と「新しい3D」(その1)  2021年11月7日






2024年8月15日木曜日

「夫人Aを見る観者とそれを視る監者」

奇跡的なⅠ枚が撮れた。
夫人像Aを見る観者とそれを視る監視者。

「夫人Aを見る観者とそれを視る監者」2024 Apple ipod touch
(松本竣介<街>と昭和モダン 碧南市藤井達吉現代美術館にて)


何が奇跡的かというと、三者の視線と大きさが絶妙な構図に収まり、なによりもこの一枚の写真で自身がかつて大掛かりな構造物とインスタレーションで行おうとしていた意図が示された謎解きのような画像であるということだ。


(松本竣介<街>と昭和モダン 碧南市藤井達吉現代美術館にて)
 対象と向き合う観る者が対象と一緒に映り、その状況を他の見る者が見ている。

こういった環境を作品の作用空間として始めたのが1991年の秋以降のことだった。その時期がなぜ特定できるかと言えば、ちょうどその頃に山本圭吾先生のアーテック '91出品作のビデオインスタレーション「地の呼吸」の外観イメージを伏見の砂糖会館3階で制作し手伝ったこと、その後92年5月の2回目の個展の作品を映像装置を組み込んだものにしようと構想して取り掛かっていたことによる。そして、その実験的な作品とはちょうど先日破棄したばかりの作品だ。
論理的思考に沿って制作を行うことが苦手な者にとって、なぜそのような形を成す作品に至ったかや制作意図などを明解に言語化することは難しい。しかし三十数年たてば過去というものは遠くなることで焦点を結び対象としてはっきりピントが合ってくる。その当時ぼんやりしていた幾多のことが明快な言語として時に降りてくる。改めて、その詳細については別稿しようと思う。今回はそのとっかかりがたまたま見に行った 松本竣介<街>と昭和モダン(碧南市藤井達吉現代美術館)で撮影した写真によって顕在化したことに驚いたのだった。



青春美術

 松本竣介の絵を初めて図版で見たのは中学校だったか高校だったかの国語の教科書だったと思う。分厚い教科書の薄い表紙を開けるといつも赤茶っぽい「画家の像」の艶のあるカラー図版が目に飛び込んできた。どういう経緯で教科書の初めに掲載されていたかは推測するしかないが、その絵は1941年8月作であることなど今になって知れば同年の『みずゑ』4月号(437号)に発表した「生きてゐる画家」で軍部による美術への干渉に抗議したことと関係しているのかとみることもできる。それとも仕事をしていたという育英社との関係によるのだろうか。あるいは自身がすっかり忘れているが教科書の中に松本竣介が書いた文筆があったのかも知れない。などと当時、全然意識していなかったことや思い出すこともなかった絵のことを思い出し、意外と思春期の頃より頻繁に見ていたことに我ながら驚いた。
「画家の像」は1941年8月作で28回二科展に出品されたP100号の板に描いた油彩で29歳頃の作品である。その絵は今回の出開帳には来ていないが、翌1942年作の絵が数点展示されていた。
松本竣介の絵は学生時代に東京で見たり、作品集で頻繁に見ていたが、当時、フジタやキスリングとの比較で見たことはあまりなかった。今回見た模造紙に鉛筆で描かれた風景やこの写真の婦人像Aは確かにフジタの影響を見ることもできるし、今回特別出品された「黒いコート」もキスリングを思わせるし、風景画はユトリロを連想させるかもしれない。しかしエコールドパリ、池袋モンパルナスといった日本でのロマンチックな言葉が示すような弱さは竣介の絵には見られない。


頭部の小さい構図と色彩がキスリングを思わせるが、キスリングのようにロマンチックでない。










2024年4月4日木曜日

アオサギ 婚姻色

 


今の時期、アオサギは婚姻色に変化して美しいです。目元が藤色になり黄色の嘴が嘴元から赤身のグラデーションに染まります。脚も同様に赤みを帯び、虹彩も赤みを帯びるものもいて繁殖羽も立派でゴージャス!春本番




これは2年前の春の写真ですが、コロニー状態だったところに、猛禽に襲われたらしい1羽が出たことによってかなりの数の営巣はすべて放棄され、見事に皆いなくなりました。群れの存続を優先しての社会性、見事なものです。というか、座して餌食になるリスクを取らないのは当たり前か。



虹彩が赤みを帯びている個体。目元から嘴にかけての色の変化はアマサギの婚姻色と同じですね。




2024年4月3日水曜日

今朝の ピントでヒント

レオナルド・ダ・ビンチの空気遠近法の絵画はスフマート技法でぼかしていても、たとえばモナ・リザの絵を見ると近景~遠景までどこもビチッとピントが合っていて、それに比べてマネの筆跡が荒々しく残る絵画はブレやピントが合っていない空気感を捉えた写真のように見えるというところが、写真の影響を受けた印象派というところに考えが至った次第。

つまりカメラオブスクラでトレースしてる時代の絵画は輪郭線をアタリとして追いかけていて、銀塩写真が登場したことで時間に追いつかない光が、いや光に追いつかない化学時間が、ブレやピントという出来事の概念を生み出したということ。その現象が見えるようになったということで、ヒトの視覚認知が更新されたということ。

2023年11月11日土曜日

231110 XYZ

 
日本の画制作と鑑賞の間で生じる位相について


何度も同じ問題を考える。



映像の受容の歴史性について



2023年10月13日金曜日

231013 朝にカケス、夕にキビタキなど

 09:34 勅使池

勅使池3号橋より

ドングリ銜えていったり来たり
冬に備えて蓄えてるのですね。

コンデジでは追いかけきれません。
これが限界ですが、基部の青い羽根から翼外側が全部見える状態、解像度とピンが来ていれば、、








wikiより
カケス(橿鳥、懸巣、鵥、Garrulus glandarius)は、鳥綱スズメ目カラス科カケス属に分類される鳥。
学名はラテン語で Garrulus が「おしゃべり」、 glandarius は「ドングリ(の好きな)」を意味する。
食性は雑食で昆虫類が主食だが果実、種子等も食べる。他の小鳥のひなを食べることもある。また信州・美濃地方では「カシドリ」の異名もありカシ、ナラ、クリの実を地面や樹皮の間等の一定の場所に蓄える習性がある。冬は木の実が主食となり、蓄えたそれらの実を食べて冬を越す。しかし貯蓄場所に戻らないこともあり、それが森の再生に重要な役割を果たしている。



16:40 荒池

左上:マガモ♂とカルガモ、右上:あまりにも遠くてわからないけど写っていたのはノビタキ?それとも?ジョウビタキ?まさかのベニマシコ?イスカ? 下はいつもの住人カワウとカイツブリ

どさっと重たいものが草むらに落ちた音の主を探していると、
キビタキ♀ 
でいいのかな?
















2023年10月11日水曜日

アカゲラのあいまいな性

2023/10/10  10:02  勅使池3号橋より


季節は寒露、鴻雁来(こうがんきたる)雁など冬鳥が北から渡ってくる頃なんですが、今年は水鳥の渡りが遅いですね。
近所の荒池のオシドリ、昨年の飛来は10月10日でしたが今年はまだカモ類は何もいません。
さすがに、つい先日まで30℃越えの最高気温が続いた長い夏のせいでしょうか。

2023/10/10 荒池

伊良湖のサシバなどの鷹やヒヨドリの渡りはピークを迎えてるのに対し、毎日リハビリウオーキングに行く勅使池では冬鳥の水鳥はコガモとマガモなどほんの数羽だけです。
それでも8日には伊良湖からも渡りをするアサギマダラが1羽舞い、アカゲラが飛来しました。


2023/10/10  09:40~10:30 約1時間ほどの朝食



アカゲラのあいまいな性


 ところでこのアカゲラ、昨日撮影した画像を拡大してみると後頭部に赤い羽根がないので♀なんですが(♂は後頭部、首に近い部分が赤い羽根)、後頭部の少し前が刈上げのように禿げあがってます。
そして頭頂部に対になった赤い斑点のようなものが見えます。



同じキツツキの仲間であるコゲラの場合、この小さな赤い斑点のような羽根は♂の印しということです。
コゲラのこの赤い斑点のような羽根はなかなか見つけられないですが、検索した画像では目の後方あたりで、このアカゲラのように頭頂部ではありません。
それではこの画像のアカゲラの頭頂部にある対になった赤い斑点のような印は??
♀なんだけど♂?的な印???
それとも、単に幼鳥から第一回冬羽に移行中のエクリプス??
(* 幼鳥の場合頭部の前の方から頭頂部にかけて赤い羽根で覆われています)


性差って?


 鳥の場合、卵を産むのはXY染色体をもつ方で、派手な羽根アピールし、きれいな声で囀り、縄張りを守るのに躍起になるのはXX染色体の方ということです。
(*混乱のため、鳥ではXYをZWに、XXをZZと置き換えてるらしいですが)
ヒトの場合、雄(=子供を産めない)はXY染色体、雌(=子供を産むことができる)はXX遺伝子。つまり鳥類はヒトなど哺乳類とは♂♀の染色体の組合せが正反対なんですね。
というか、♂雄、♀雌というのは単なる方便で、染色体の組み合わせこそが性差であると言えるのかもしれません。

 卵が成長する時の温度によって性差の比が変わるカメやワニ、社会的状況によって性別が決まるベラ科の魚、出会ったとたんどちらかが♂もう片方が♀になるミミズ、などなど、バイオロジカルコレクトネスでは性はあいまいなものが珍しくありません。性差を決定する要因は様々あって複雑なんですね。
私はポリコレに対しバイオロジカルコレクトネスの立場で、LGBTQ法案には反対なんですが、T Qに対する科学的証明と社会的制度に問題があると思うのですが、それは置いておいて「生物学的正しさ」とつぶやいてみると、、性差の決定がこれほどあいまいなことだったのかと改めて直面したのでした。





引用、参考





2023年10月3日火曜日

【メディアアートの歴史】「タンクマン」から「う」の頃を振り返る

「タンクマン」 1989/06/05

 【メディアアートの歴史】「タンクマン」1989
ハプニングは起こらない。
歴史ははっきり意図をもって作られる象徴である。
と、昨晩NHKテレビでお勉強、
と、いうのも笑えるw

「映像の世紀バタフライエフェクト」で中国共産党の歴史が映像で振り返られる。1949年2月3日「北平入城式」を見たソ連のアドバイス「カメラマンは受身的に撮るのではなく 現実を加工し 創造すべきである」によって、8か月後の10月1日、中国人民政府が正式に成立した日の映像では、はっきり意図を持った象徴が成立する。世界に向けて発信されたところから番組は始まり、1989年の天安門で終わる。



その象徴性が2年後の象徴を連想させる。

そして2年後の991年
象徴である「油まみれのウ」は今、検索しても出てこない。F1スポンサーだったBとかのイメージが
静岡新聞  2019.01.10
「嘘つきは、戦争の始まり。」の嘘


湾岸戦争は、戦争のイメージを変えたと話題になった。
テレビを見てる人がテレビ・ゲームのような画面でゲーム気分で戦争に参加してるような錯覚にさせる。テクノロジーの進化によってメディアが出来事(サブジェクト)と観客の間に立った「媒体」「仲介」という役割から変容する。出来事(一方の主体+伝達者)の視点と観客(受容者)の視点が同一化するという錯覚を助長するようになる。ヴァーチャル・リアリティということばが頻繁に登場した時代。戦争のイメージもバーチャル・リアリティと混在し、ブラウン管の中で起こっている戦争が、現実の戦争かフィクションか曖昧になり血を流す肉体を介す野蛮な暴力が、メディア・テクノロジーの進化によってボタン一つで建物が消える非肉体的な出来事に置き換わる。
 湾岸戦争とメディアの関係は、メディア・アートの国際展、1991年の第2回名古屋国際ビエンナーレARTEC'91でも批評的に取り上げられた。
湾岸戦争のニュース番組に連日登場していた特徴有る髪型の江畑謙介さん(軍事評論家)を招いてシンポジウムが開かれた。
私はこのシンポジウムを聞きに行っているが、この時、江畑さんの言葉で記憶に残っているのは「メディアが神の視点を手に入れた」で、この言葉でもってシンポジウムが締めくくられた。出品作品に直接政治的なテーマを扱ったものはなかったが、