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2023年1月6日金曜日

230106 NZ 年始初授業(ジェスモナイト注型)番外編/ハンドレイアップ

年始初めての授業は、できあがった型に樹脂を注型する工程。 
型の鋳込み口、空気抜き溝等チェックしたら樹脂の準備。どれだけ材料が必要かをまず計算。


型取り終わった原型を砕いてカップに入れ体積を量る。
→ 原型体積(cc) x 1.7=ジェスモナイト必要量(g) を割り出す。
→ ジェスモナイト必要量からリキッドとパウダーの分量を割り出す。
リキッド:パウダー=1:2.5
→ ダマができないよう素早く混合し、型に鋳込む。


 ジェスモナイトは粘度が高い材料なので、小さい鋳込み口、細い鋳込み口の型には鋳込みにくい。無発泡ウレタン(レジンキャスト)の水のような流動性に比べると、石膏やセメントに近い感じです。小さく繊細な部品が多いフィギュアの注型にはちょっと向いていない感じですね。また、ウレタンやポリに比べても樹脂特有の粘り気がない感じで細い部品は折れやすい。
この水性樹脂、何かに似ていると思ったら、リキッドはリキテックスのジェルメディウムのような感じで、パウダーと混ぜたものは同じくリキテックスのモデリングペーストに似ています。水性アクリル樹脂なんだから当然と言えば当然ですが。さすれば、粘度を低くするにはパウダーとリキッドの比率を変えるのではなく、比率はそのままで、水を少量添加することで可能かもしれないですね。硬度、強度に影響があるかもしれないが、水分を蒸発させれば比率的には変わらないのであるから硬度、強度的にも問題ないはず。次回実験の価値ありですね。

 もともと大型の造形物用に開発された材料でしょうが、近年ヨーロッパではポリのFRPなどに替わって「環境に配慮した」素材を謳い需要が拡大してるらしい。UKのテートモダンで展示されたカラ ウオーカーの13m高の噴水 参照(1) がこれで作られているという。この作品では「リサイクル、再利用可能な素材で、非毒性のアクリル樹脂、セメント複合体」と紹介されているページもあり、素材自体に政治色が張り付いていると言えなくもない。

参照(1)
コロナ渦の期間中イギリスのテートモダンで展示されたカラ・ウォーカーのフォンス・アメリカナス(カラ ウォーカーによる 2019 年のヒュンダイ コミッションの詳細)
Kara Walker's Fons Americanus
Delve deeper into 2019's Hyundai Commission by Kara Walker


FRP ハンドレイアップによる大きな造形


 一般的な大型の造形物は不飽和ポリエステル樹脂が一般的だ。身近なところではバスタブやボートなど大型で軽量かつ強度が必要なもののために開発された材料は、他の技術と同じく元は軍事技術からの転用だ。1930年に救命ボートの実用化がこの技法が広まるきっかけになったという。グラスファイバー+不飽和ポリエステル樹脂による含侵成形=GFRP (Glass Fiber Reinforced Plastics =ガラス繊維強化プラスチック)
CFRP (Carbon Fiber Reinforced Plastics =炭素繊維強化プラスチック)はカーボンファイバー+エポキシ樹脂でF1の車体や飛行機の部品、ゴルフクラブのシャフトなどに使われている。

  
"Pelvis"  1992,1996 kiminari Hashimoto 「街は今アートで溢れる」1996年 一宮本町商店街での展示 大きさ約4x5x1.5m GFRP


昨今、有機溶剤系の材料の風当たりが強い。確かに硬化時に強烈な臭い、ガスを出し、身体にいかにも悪そうではある。コバルトなど火気厳禁で毒物指定されている薬品を使用するのでちゃんとした知識がないと危険である。

グラスファイバーにポリを含侵しての積層
  









参考(2)
原爆ドーム 1/100模型の原型とポリレジン(不飽和ポリエステル樹脂+炭酸カルシウム)注型による模型の制作
dome project HIROSHIMA
http://pavlovsdogxschrodingerscat.blogspot.com/2015/11/dome-project-hiroshima.html





2021年12月1日水曜日

「古い3D」と「新しい3D」(その2)

 

8年前の投稿をfacebookが知らせてきた。
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https://www.facebook.com/kiminari.hashimoto/posts/566359226776687
橋本 公成  2013年12月1日投稿 プライバシー設定: あなたの友達
片目で見るとリアルなダイオラマ。20年間放置していた両眼視について、思考を再開しよう。
西山 禎泰, 杉山 健司, 加藤 令吉, 高橋 和生, 大平 隆文, 鈴木敏春, 松本 知子

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https://www.facebook.com/masakimuseum/photos/a.133393193499771/213260528846370/
正木美術館 2013年10月29日投稿 公開  

「カリフォルニア コンドル」と杉本博司氏、鈴木芳雄氏。

物黒無の名付け親・杉本博司氏が、展覧会「物 黒 無―モノクローム」をみに来てくださいました!

展示室の杉本作品と杉本コレクションも、生みの親の訪問に、少々緊張しているかのよう…。

11月5日(火)の東京レクチャー 
http://masaki-art-museum.jp/20131018_masaki.pdf 
で、モデレーターをつとめていただく鈴木芳雄氏も、時間をあわせ、来てくださいました。
みなさま、外苑キャンパスでおめにかかれますよう! 
コメント10件
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>高橋 和生(8年前)
心理学ですか。少しかじろうと、図書館で借りて・・・・無理でした。騙し絵の方が楽しいです。(^◇^)

>橋本 公成(8年前)
この画像の掛け軸は現代美術家の杉本博司氏の写真作品です。アメリカ自然史博物館のダイオラマを写したものです。
20数年前、映像の歴史に興味を持っていた私はダイオラマと2つのCCDカメラ、そのライブカメラから取り込んだ観客の映像を出力する2つのブラウン管を遠近法的にダイオラマに合成する装置を発表しました。
その装置は両眼視についての思考以外のほかに多くの要素を含んでいたため、その後の私の作品は複数の興味に分散し両眼視については放置され忘れていたのですが、先日この作品を評価してくれていた人から両眼視についてあらためて気付かされたのでした。
そんな時に今朝、日曜美術館の展覧会紹介のコーナーで正木美術館で開催中の展示で杉本博司氏のこの作品説明でダイオラマと両眼視、単眼視(カメラによる視覚)のことに触れられ忘れそうになっていたことを又、思い出したのです。

>橋本 公成(8年前)

杉本博司氏のwiki、下記にダイオラマに関する部分抜粋  

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E6%9C%AC%E5%8D%9A%E5%8F%B8?fbclid=IwAR3bxp3T_c6G0ua2SxiZLoAo3cWjp9sEK0GmF5DRBlK17JucvBq59nTd8iA

..最初のシリーズの『ジオラマ』では、ニューヨークのアメリカ自然史博物館の古生物や古代人を再現したジオラマを撮った。
片目を閉じた「カメラの視覚」のもとでは、両目で見ると模型だと分かるジオラマが遠近感の喪失によりリアルに見える、という発見からこのシリーズは始まっている。
精巧なジオラマを本物に見えるよう注意深く撮ったシリーズは、「写真はいつでも真実を写す」と考えている観客には一瞬本物の動物や古代人を撮ったように見えてしまう。..



>高橋 和生(8年前)
現実化してみせるには、遠近法。これは私の世界でも。両眼視は、遠近感の為に必要ではあるが、片方の眼だけでかえってジオラマを現実化してみせられるということ。
で、いいのかなあー?
さすれば、他の遠近法を使っていみているのでしょうが、ハテサテ?E.T.ホールの本をよみかえします。

>橋本 公成(8年前)
E.T.ホールの何ていう本ですか?

>橋本 公成(8年前)
エドワードホールの「かくれた次元」でしょうか?昔、本棚にあったような。。

>橋本 公成(8年前)
産業革命とともに始まる人間の大移動、大観光時代と写真、イメージ、視覚について書かれた伊藤俊治著「ジオラマ論」があります。


>橋本 公成(8年前)
20年前から放置された装置です。









>杉山 健司(8年前)
凄く面白そうな話!今度会ったら、このことについて話をぜひ!

>橋本 公成(8年前)
>杉山さん まだ、直感的に思いついたことを試している段階です。何らかの成果に結実するのか?

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「古い3D」と「新しい3D」(その1) 2021年11月7日日曜日
https://pavlovsdogxschrodingerscat.blogspot.com/2021/11/dd.html


2021年11月7日日曜日

「古い3D」と「新しい3D」(その1)



この深田さんの番組、本題のことは置いておいて、話の中に登場する「古い3D」と「新しい3D」の技術的なさわりが分かりやすいです。

https://www.youtube.com/watch?v=MKi_aUQWYZ4


ここで語られているホログラム、3Dは、つまりはディスプレイ技術。
古い技術=両眼視差によるホログラムディスプレイ
新しい技術=ディスプレイをのぞき込む人の視点を検知して内部サブジェクトが追尾対応変化する多視点型ディスプレイ
SONYによる多視点型ディスプレイはセンサーとディスプレイをインテグレイトする3Dディスプレイ技術で、イメージセンサーチップの上にメモリを積層するという新技術を確立。センサーで映像を取り込みながら、そのセンサーの裏にメモリがくっついてるので短期記憶保持などにより、オーディエンスの目の位置(視線)が映像のどこを見ているかが変わっていくのを感知し、見せる映像の角度をちょっとずつ変えてゆく。多視点型ディスプレイが一枚のフラットパネルで実現できるというもの。
この、オーディエンスの視点をセンサーで追尾し、オーディエンスが見ている映像に影響を与えるという技術は、第2回名古屋ビエンナーレ、アーテック91で発表された、  さんの作品にありましたね。



Electric Heart Mother  Version03 (1992) のこと

僕も2台のライブカメラ(SONY Hi-8) と2台のブラウン管 (SHARP 14inchTV) を動かして現実空間に両眼視のホログラム風イメージを合成した大雑把なモデル化を作ってみたけど、30年間放置してる間に、どうしようもない粗大ゴミ化していて何とかしなければと焦る。



ふくいビデオビエンナーレでの展示 (1992)




そもそもこの作品を作ったきっかけは、「絵画の遠近法」「絵画の奥行き」についてというフォーマルなテーマから発展したものだった。そのため、この立体的な構造物は「その大きさが遠近法の影響を受ける大きさでなければならない」というのが始めの取り決めの一つであり、その内部にやはり奥行き(遠近法の消失点に向かう先細りの台形を底面に持つ画箱としてのダイオラマ)が作られた。「内部空間を持つ彫刻」ということも一方でのテーマであって、「絵画(2次元)と彫刻(3次元)両方の次元がオーディエンスの視線上で交差する映像装置でもある。」
<実際のダイオラマを実見するよりも、それがカメラで写真になった時により奥行きを持った深い空間を提示する。>ということを示したのは杉本博司氏のデビュー作?ニューヨーク自然史博物館のジオラマ装置を写した写真作品だったが、




another story
<30年間放置してる間に、どうしようもない粗大ゴミ化していて何とかしなければと焦る。>からの  another story 
 日常の生活スペース以上の大きな作品の場合、発表空間の大きさに合わせて分割して作るため会場での設営時にしか改良や銀杏性ができないという欠点がある。普段の制作スペースがそれ以下である場合、毎朝起きて作品に対峙して問題点を少しづつ調整してゆくといった制作方法に至らない。パーツごとの部品は別々に梱包されたりしていて、ましてや電気の来ていない倉庫にあっては実験さえできない。まあこういうことは作家の言い訳にしかすぎず身から出た錆で、泣き言言うな!と天から叱られるが、組み込んだ機材さえもが前世紀の仕様からアップデートしていないとその部分でも機能させるのが困難なゴミになってしまう。こういったことは制作初めのころにもすでに想像がついていたし家電を素材にした作品を美術コレクターなどは手を付けないという一般的認識もあった。それでも後先考えない若気の至りは「青春美術」の無謀のなせることであり、力技で強引にねじ伏せるといった狂気じみた行為であったのかもしれない。

another story 02
 この作品は、茂登山清文先生に声をかけられた1991年末~1992年年始にかけてのグループ展 cool break へ出品することを決め、91年秋より制作を始めた。勝川のアパートでの制作が限界だったので、年末二つのグループ展出品のため、瀬戸に仕事場を借りたのである。陶芸家中村康平氏が陶壁制作用に借りていた栗木製陶所の一角をシェアさせていただいたのが始まりで、康平さんが金沢に帰る94年頃まで制作場のシェアは続いた。

(つづく)

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about my work: Kinetic structure  2016年10月8日土曜日

ライブカメラ ビデオ ストラクチャー  2015年12月20日日曜日

Diorama of EHM 1992 -01  2014年5月12日月曜日






2014年5月28日水曜日

" The May Blues " Société des Artistes Indépendants BLACK TICKET @ N-mark; Nagoya  2. MAY 2014

installation view


"fountain"

installation view of "self portrait in SANSUI " 

detail of "self portrait in SANSUI "

"global library "

"media installation "

"quick response cloud art "

"SIGIRIYA rock project "




May blues ~ 五月病
あるいは、見ることについての五つの眼差し。
あるいは、メディアインスタレーション。

私たちは目の前の出来事のいったい何を見ているか。

2014年4月26日土曜日

givenーお題が与えられたとせよ140423 00:35

お題が与えられ、いくつものアイデアプランがアウトプットされる。
とめどなく排出される馬鹿馬鹿しくも生真面目なアイデアプランの数々。
しかし、それをすべて実行することに意味があるか。
それは、自身で制作しなくてもよいのではないか。
そして思い至る、アイデアプランのシェア。
個人のアイデアから無記名のアートへ。




お題とは何か。
企画意図、展示空間、展示時期そこから連想される歴史的出来事の数々。

アイデアプランとは何か。
デザイン、指示書。

アウトプットとは何か。
専門技術者による実行。



2014年4月5日土曜日

メディアアート ~メディア(媒介)による鑑賞とその誤読~ 切手からの模写「秋冬山水図(冬景)」雪舟筆

4~5歳くらいの頃、鉄腕アトムが始まると紙と鉛筆を持ってテレビの前に座り込みひたすらアトムのイメージを追いかけた。動く対象を線で追いかける熱中。クロッキーと言う言葉を知るのは10年後。
その後、小学生の頃に初めて美術品というものを自発的に写したことが記憶にある。初めての模写。現物は現存しないが、記憶は強い。模写の対象は、雪舟筆「秋冬山水図(冬景)」
模写の元になったのは画集や大きな図版ではなく、発行されたばかりの小さな記念切手。

日本郵便記念切手 第1次国宝シリーズ 第5集 室町時代 1969年2月10日発行
http://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/philately/tokyo_nm_painting.html


かっこいいと感じて描きたくなった以外に、なぜ模写をしたかの記憶は無い。
1969年2月10日発行だから、たぶん11才頃。学校から帰ってきて、午後に。小さな切手からB5サイズくらいの紙に拡大して描いた。何がかっこよかったか、再度分析。

1)カラー
画面中央のエイッヤッとひかれた垂直の線はかっこいい。
同時に画面を覆う地のグレーのカラー。そのウオームグレーがカラー印刷により、その色にワクワクした。モノクログレーを色として感じた体験。
当時の媒体によるイメージ体験は天然色カラーへの移行期であった。
白黒テレビからカラーテレビへ。白黒写真からカラー写真へ。
見慣れていた白黒イメージがカラーになることでワクワクしたことはなぜか。
身の回りの日常風景は天然色カラーで広がっているのに、そのことにはカラーとして意識せず、媒体メディアになった時、初めて意識するのはなぜか。

2)小さいイメージ
小さい切手からB5くらいの厚紙に拡大して写した。
部分の比率を測って升目拡大したかは記憶に無いが、この頃の私は、小さい図から拡大して模型を作ることに熱中していたからそうしたかも知れぬ。
中公新書だったかの蒸気機関車に掲載されていた100/1くらいの側面図イラストから9mmゲージ用のペーパーモデルを作ることに熱中していた頃。当時はデジタルコピー機などなかったから部分部分の寸法を物差しで測り、想像した正面図から車軸の幅を9mmにあわせて比率を割り出し採寸する。算数で習った比例を実践で役立てることを楽しんでいたかも知れぬ。
小さい印刷メディアによる美術品は日常に在った。美術館に行かなくても、道端に落ちている東海道五十三次の浮世絵を印刷したマッチ箱。お茶漬け海苔におまけでついているカードなどより、道端で踏みつけられ雨にぬれてアスファルトにへばりついている東海道五十三次を見つけた時のほうが所有欲が高まったのはなぜか。

 *ゼロックスコピー機の登場は画期的なものであった。それまでの、升目を切って線をなぞるような拡大縮小作業はわずらわしくもあり、その行為の途中に感覚が入り込むことから、自身の感覚のイメージが信用できない部分が残るのだ。そんな感覚部分を排除し、機械的に一気に2倍、4倍、10倍に拡大したイメージが現前することはそれ自体感動する出来事だ。

3)書法
描いたのは水彩絵具であるが、水墨画、の書法、運筆をを真似るというものではない。
描かれていない紙の部分の色を再現するため、赤を少し混ぜた黒と白の絵具で油絵を描くように不透明の絵具で画面の隅々まで塗りこめた。画面を覆う褐色がかったグレーが何もかかれていない地色との認識は無かったかもしれない。

4)絵画空間
中央の線と、左側のとがった白い山々。中央の線は手前と奥行きを区切る岩の輪郭という認識は無く、遠景の山の天まで続く、とがった奇妙な輪郭と認識していた。だから画面右の筆の腹で刷いたような墨蹟が岩のテクスチャーを表すタッチであることの認識がなく、その部分は奇妙な木を表すタッチであるかと解釈していた。
岩の輪郭の線が中央の上部から始まっていなく、途中から始まっていることによりこの誤読に繋がった。遠景の空と手前の岩の面が画面上部で繋がっている。つまり私の目は絵画空間をではなく、墨蹟の線を追いかけて何が描かれているかの対象物に向いていたのであろう。
その線が、遠景と近景を分ける岩山の輪郭に見えだしたのは、十数年後、同じように画面中心に遠景と近景を分断するように手前の岩を描いたセザンヌの石切り場の油絵図版を見てからである。晩年作であるというこの絵も近景と遠景の色班は細かいタッチで溶け込み、面として見る時に遠景近景の区切りは曖昧である。雪舟の大胆な太い筆のと異なり、振るえるような細かい細い線がその輪郭を作り、その線は遠景近景の分断をたよりげながら表している。
頭の中ではっきり見えているこのセザンヌの図版を、今ネットで検索しても見つからない。あるいは私の脳の中で作り出された記憶によるイメージかもしれない。

5)大きさ
切手になった雪舟筆の原画の大きさは47.8cm×30.2cmというA3を少し大きくしたサイズである。
模写している時はもっと大きなサイズであると感じていた。

6)線
秋冬図山水図の中央の線が記憶にあったかは定かでないが、20年後、茶碗に描いた山中作画の図では山水画の中に入って、空に線を引く自画像を描いた。



「公成仙人山中作画の図」 貫入土に呉須と塩化コバルト(酸化焼成) 1989年頃


誤読と捏造による記憶のリライティング。それによっても時間は進行し、多くの人々が巻き込まれる事態へと繋がることもあるのは世の常。



*秋冬山水図に対する分析は以下に詳しい。
雪舟《秋冬山水図(冬景)》東洋的視座とオリジナリティ──「島尾 新」 影山幸一2009年02月15日号
http://artscape.jp/study/art-achive/1199351_1982.html



2013年6月15日土曜日

横長の大きな絵画 (映像体験としての絵画~曾我蕭白の雲龍図)

視線に対し垂直に対峙する横長に広がる大きな絵画。

大きいという基準は、平面に垂直に対峙した時に、視界に歪まず納まりきらない大きさ。
渋谷にある岡本太郎の「明日の神話」のような、
ボストン美術館所蔵、曾我蕭白の雲龍図(襖絵)しかり。

それは、その平面、イメージが描かれた面自体が遠近法の影響を受けるほどのもの。
横長の中心に立って右側を見る時、
横長の中心に立って左側を見る時、
それぞれからの視点によってイメージは大きく変化する。

蕭白の龍の大きな顔、その漫画的な大きな目とその間の鼻筋。正面と側面が同一画面に描かれているキュービズム的という見方もあるこの顔はどうか。
この顔の正面に立ち、龍の左目を隠すと側面の龍の顔のイメージが立ち現れるが、両目と鼻面だけに視界のピントを合わせれば側面図から正面図に移動する。
里帰りしたボストン美術館展(名古屋)で展示された状態は、この襖絵のすべてのパーツを制作された当時の展示空間に忠実に展示されたわけではないため、より違和感を覚え、焦点は龍の顔のみがクローズアップされる。
しかし、この襖が製作された当時の空間配置で展示されたならばどうだろう。
この想像は、欠落した他の屏風を補完しなければならないが、少なくとも顔の部分についての想像を働かせるなら、この襖を正面から近づいたり遠のいたりという鑑賞法だけでなく、歩きながら正面から側面から移動しつつ鑑賞しなければ本来のこの絵の体験でないことがわかる。
そうすれば、前述の龍の顔が側面図から正面図に移行していく状態が違和感なく受け入れられるのだ。
正面だけでなく対象の側面からの視界の重要性。


私たちは正面から画面全体を視るという西洋近代絵画(タブロー)としての鑑賞方法にあまりにもとらわれすぎている。
特に、蕭白の雲龍図のような日本の、壁に掛けられることを前提としない、タブローでない絵画、を視る作法は西洋近代絵画のそれと異なる。
それは西洋のいう「絵画」というものと別の「視覚体験装置」といってよいものである。


映像の世界ではテレビが登場した時の画面、スタンダードサイズ 3:4 アスペクト比 1.33
その後、テレビに対抗するように映画業界から登場したワイドスクリーンとシネマスコープ。
ワイドスクリーン(ビスタサイズ)は 3:5.55 アスペクト比 1.85
シネマスコープ(スコープサイズ)は 3:7.05 アスペクト比 2.35

映像装置という要素だけを取り出して見るならば、古典的テレビが家庭内空間での額縁に囲われた西洋近代絵画の延長としてのオブジェクトであり、映画は暗闇の中で視界を覆う現実に近づこうとした映像体験装置であった。
その体験は日常空間から出かけて行き、意志的に非日常体験を望む環境で体験される。
映像が投影されるスクリーンからオーディエンスまでの距離にもよるが、オーディエンスの視界は映像の中の出来事を注視していく中でそのフレームの縁は意識されなくなる。
映画の世界ではその中で起こっている映像内時間の体験に注視しながらオーディエンスは静止した視覚での体験を要求される。

しかし、映像投影スクリーンに近い大きさ、比率の絵画の場合、私たちはそれを、一点に静止し鑑賞するのではなく、また、近づいたり遠のいたりして見るだけでなく、行ったりきたりしながら側面からも見なければならない。立ったり屈んだりしながら見なければ本当の制作者の提供しているイメージの体験を共有することはできない。

それは、立体物を正面から鑑賞するだけでなく、その周りをぐるぐるまわることで静止した対象が動き出すという体験に近いものである。


縦長の大きな絵画

87年、シカゴ・アート・インスティテュートでキーファーの展覧会を見た。
その時、垂直に落ちてくる3m以上の縦長の絵画もあった。


「大きい」と言う基準はどこからをさすか。

それは、身体のサイズとその器としての建築インテリアに規定される。


誰かが日本のアートは「四畳半アート」と言った。
住居の階下に制作場として借りていた勝川のアパート1Fは6畳+4畳半+板の間台所2畳。
そこで3m以上の縦長の作品の制作を試みた。


誰かに頼まれたわけでもない作品。自分でそれを見てみたいと欲求したからだ。当然、制作現場に規定される作品は分割して作成するしかない。出来上がりを予想するために横に寝かした状態で写真撮影し、その写真を90度回転させて確認するしかない。しかしそれはあくまでカメラの単眼視。




自分で欲求したそれを、とにかく建築空間内で見てみたいと思った。
そんな時、名古屋の伏見で天井の高い空間を見つけた。
そして、その空間を開いていた二週間借りた。
それが初めての名古屋での個展。






追記:関連ページ ----------
Another work in '80 : masking tape drawing with spray painting  2019年2月8日

about my work: Fired works / fire painting  2016年10月8日

made from wooden mold 1990 DEC. 木型による陶の生成  2016年5月4日

2012年11月28日水曜日

光琳の松島


30年ぶりの再会を楽しみにしていた光琳の松島。
30年前は繰り返す曲線による波の表現がブリジットライリーのオプアートのようで目がくらんだことだけが記憶に残っているが、今回は岩にばかり目がゆく。

三つの岩の塊とその視点の違い。
明らかに左3曲と右2曲では視点が異なる。
波を隠すように金泥ではかれた左2曲上部の面は水平線の効果を与えて、左二つの岩の塊の視点を低い位置にする。
右2曲は崖の上から見下ろした遠景の岩崖で視点は高い位置にある。水平線は画面の上よりはみ出し、右上角でうねるように渦を巻く。
そして異なる視点を合体させる役目をはたす右から3番目の曲。
折れ曲がっていない図録の写真のように正面視でこの屏風を平面絵画として見ているだけだとつじつまが合わないような空間が、装置としての屏風を体感するように右端から、左端からと視点を変えて見ると、いっそうダイナミックな作用空間を現出させる。

光琳百図のモノクロの図版では岩の塊の位置によって右から左に向かってなだらかな遠近感があるような絵画的空間であるが、現物の屏風を目にすると真ん中の岩の塊が折れ曲がって見る者の方にせり出す山折の線と合体し(立体化し)一番手前にせり出している。
そして右の岩崖は谷折の線と合わさって奥へと後退する。
真ん中の岩からこちらに向かってくる遠近は見る者の視点を経由し、弧をえがくように右1曲と2曲の谷折りの線に向かって後退する。屏風が時計逆回転に回転するような錯覚にとらわれるのである。




「松島図屏風」 尾形光琳筆 6曲1隻 紙本着色 150.2 x 367.8 cm (屏風を開いた状態)
Fenollosa-Weld Collection  Photograph(C)2012 Museum of Fine Arts, Boston. all rights reserved.





2012年7月22日日曜日

大きいもの

ドローイング(1984)
紙にペイントマーカー
大きいものはどこまで可能か。

たとえば地球の大きさと同じくらいの大きさのものを造るとか。

あるいは地球上の物質をすべて投入して造るものとか。
たとえば地球上の物質をすべて投入しながら造っている途中で削られた地球の質量と、建造中の大きいものの引力のバランスとか。

たとえば、それほどの大きなものを造った時、地球の自転と公転に及ぼす影響とか。



たとえば、月の軌道は年間3.5cmほど外側にずれていっていることとか。
そのことが地球の寿命に及ぼす影響とか。
そういった地球に影響を与える変動を回避するために、月と同等の質量をもったものを軌道上につくるとか。

そんなことをキューブリックの2001年を見た後に、考えたか、考えなかったか。

ドローイング (1984)
紙にラッカー、ペイントマーカー(アルミ)
2枚のモノリスが互いの引力で引き合いながら軌道を運行する。
そんなものを造ることは可能か。

宇宙空間に衛星のごとく、夜空に輝き、確認できるくらいの大きなものを造ることは可能か。

必要な素材はどこから調達するか、とか。

そのために必要な素材と構造を考えること。